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パレスチナとイスラエルの対立

「パレスチナ/イスラエル論」早尾貴紀著・有志舎2020年3月発行

著者は1973年生まれ、経済博士、専門は社会思想史、現・東京経済大学准教授。「希望のディアスポラ・移民、難民をめぐる政治史」などの著書がある。

パレスチナ・イスラエル問題は、直視することを放棄したくなるほどの惨状である。特にガザ地区は完全閉鎖され、巨大監獄と化し、病院、学校もイスラエル軍によって容赦ない攻撃を受けている。

国際社会もその暴力を止める機能を放棄している。本書は、この暴力を対岸の出来事とせず、日本を含む近現代史の文脈で論じ、テロとは何か?と世界と日本に問題を問いかけている。日本もこの問題に無関係ではない。

著者は、最初に国家主権とディアスポラ思想の歴史を記述する。ディアスポラとはギリシャ語で「撒き散らす」意味。「ユダヤ人の強制的民族離散」を表す言葉である。ディアスポラをフランス革命後の国民国家成立の歴史を通じて、ヘーゲル歴史哲学から説明する。即ち国家とは法・政府・愛国心の共同結合体である。

次にパレスチナとイスラエルの歴史と現状を記述する。第一次大戦後、オフマン帝国崩壊後にアラブ諸国を、英、仏は帝国主義的に分割した。

第二次大戦後にユダヤ国家が設立され、更に国連による不公平、非現実的なイスラエル・パレスチナ分割決議が実施された。その後、イスラエル侵攻による民族浄化が激化、それに対抗するアラブ人の中東戦争が続発する。この歴史を辿ることによって問題の本質を探ることが重要である。

アフガニスタンのタリバンが世界遺産の大仏を破壊した時、イランの映画監督モフセン・マフルバフは言った。「あなたが月を指させば、愚か者は月を見ずに、その指を見ている」と。これは中国のことわざである。即ち大仏ではなく、アフガニスタンの本質を見て欲しいと彼は訴えた。

ガザ問題も全く同じである。ハマスのテロ攻撃、イスラエル軍のガザ封鎖、監獄化、武器を持たないパレスチナ人への攻撃。どちらがテロなのか?ハマスが攻撃した地区はシオニスト・イスラエルがパレスチナ・アラブ人を追い出した入植地である。

仏詩人ジャン・ジュネ研究者の梅木達郎が「鏡の戦略」で述べたように、暴力が正当か、不当かは相対的なものである。体制側の暴力が存在するがゆえに抵抗の暴力が生まれる。

テロは体制側が一方的に相手を非難する不当性を持つ言葉である。しかもイスラエルの暴力は一種のジェノサイド(大量虐殺)であり、イスラエル民族浄化という名のパレスチナ抹殺行為である。

ヨルダン川西岸地区は実質、イスラエルの占領下にある。PLO自治政権はイスラエル占領の代理人政府と言える。

西岸地区はオスロ合意でパレスチナ自治政府が行政権、警察権をを持つA地域(17%)、行政権のみ持つB地区(18%)、イスラエルが行政権、警察権を持つC地区(65%)の三つに区分、かつ分散、細分化され、軍事力保有は一切認められていない。そのうえA地区も常にイスラエルの侵攻が可能な状態となっている。

2006年総選挙でハマスが議会過半数を確保したが、PLO自治政府は連立を拒否。ハマスはガザ地区を実質的に軍事支配した。一方で西岸地区のハマス政治家、活動家はイスラエルによって逮捕、投獄された。

2006年総選挙でハマスは勝利し、内閣発足にも拘わらず、イスラエル、米国、日本など各国はハマス政権を承認せず、ハマスを過激派集団と名指しした。一方で西岸地区にはファタハが非常事態政府樹立して、二つの政府が存在した。

2000年の第二次インティファーダ(民衆蜂起)以後、ガザ地区は封鎖され、巨大な難民キャンプと化した。幅10㎞、長さ40㎞の長方形の地形(西岸地区の1/10の広さ)に200万人の住民が居住する。特に北部は世界一人口密度が高い地区である。

米国在住ユダヤ人のサラ・ロイは著書「ガザ回廊」でイスラエルのガザ支配政策を分析した。著書で「イスラエルのガザ占領の本質は反開発である。ガザを存続、生存、成長が不可能な状態としている」と指摘し、批判した。

国連によるイスラエル・パレスチナの二国家解決論は、憎しみとテロ、戦争の繰り返しで破綻した。パレスチナ系米国人文学批評家エドワード・サイードの一国家解決論も、理想主義的であるがゆえに現実性がない。人類とはなにか?未来は混沌である。

イスラエルのシオニズム(ユダヤ人の王国があるパレスチナに戻り、ユダヤ国家を作る政治的イデオロギーである)と日本の韓国慰安婦問題、及び移民排除の血統主義的日本人論はある意味同質であると著者は断定する。

それ故に、ユダヤ人中心主義と日本人中心主義の解体は、徹底した過去の歴史認識の見直しが必須であるという。イスラエル社会と日本社会は単一民族幻想という意味で同形、同質かもしれない。

ガザ問題、イスラエル、パレスチナの歴史的問題を知ること、日本社会の歴史的類似性を学ぶにも、本書は最適な本である。一読されることをお薦めする。

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