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【大切にしている教え】仕事は肩ひじを張るものだと思っていた私へ。

社会人になって、今年でちょうど10年目。
いよいよ解禁となった花見を新卒の同期で楽しんでいた時、そんな話になった。転職したり、出産したり、出世したり、長い休みを取ったり。当日集まったメンバーはそれぞれ10年前想像もしなかった経験を経て顔つきも丸くなった気がした。

私は1度の転職を経験した。10年なんてこんなにあっという間か、と感じる。今は胸を張って仕事が楽しい、楽しめていると言えるが、新卒の時は本当に目も当てられない社会人だったと思う。

そんな私が今活き活きと働けているのは、忘れられない上司との出会いがあったからだ。

「健やかに働いて」

デジタル系の制作業界から社会人生活は始まった。初任給は20万円足らず、新卒から自分よりはるかに経験を積んだ社内のお局的な契約社員とチームを形成し、リーダーとしてプロジェクトの采配を取らなければならなかった。
当然ハレーションが起こらないはずもなく、制作というクリエイティブな視点がそこに絡みつくと職場が修羅場と化すこともしばしばだった。
私は当時メンバーからの信頼を全く得られておらず、意見も通らなければ指示も聞いてもらえないと惨憺たる状態で、毎朝オフィスに着くまでのエレベーター内で「どこかで降りて帰ってしまいたい」と祈るような日々だった。

一方で憧れる人も居た。彼女は当時チームのマネージャーで1児の母だった。毎朝5時に起きて子供の世話をし、誰よりも早く出社して仕事をすまし、夕方に帰宅する。大変じゃないはずが無いのにいつも笑顔で楽しそうで、部下をしっかり見て守ってくれる人だった。そんな彼女に1on1で仕事の相談をしている時に言われたのがこの言葉だ。

「うまく行くとか売上が立つとか、そんなことより健やかに働いてほしい」

その一言にひどく救われた気がして、私は確かその場で泣いてしまった。

昔から生真面目だったし、勉強もできる方だった。だから「できない自分」に向き合うのがとても嫌だったし、恐怖すら感じていた。
仕事は教科書に答えのない活動だ。史実や公式、漢字の成り立ちは即物的な利益創出の武器にはなり得ない。手探りの連続の中で、気付けば「せねば、やらねば、すべきだ」と自分を追い込むことにばかり気持ちが向かっていた。私に「健やかに働く」という選択肢は当時無かった。その手前にある、「できない自分」と向き合う勇気が無かったし、その勇気を得ようとするような自信も余裕も全て「仕事は成果を出すべき」という思いに上塗られ見失っていた。

仕事と人生は切り離せない。誰もが自分のやりたいことだけをして生きていくのは難しい。仕事だって、楽しい仕事も楽しくない仕事もある。でも、その時頑張るモチベーションが「べき、ねば」であればあるほど、今を生きているはずの私はどこかへ追いやられている。それは「健やか」ではない。「しよう、したい」を軸にして良いのだ。肩ひじはって「それっぽく」働くより、自分の手が届く「それ」で働けばいい。大人っていうのは大変なんだ。遊びっていうのは仕事に持ち込んじゃいけないのだ。そんな考えは今すぐ捨てた方が良い。なぜなら、その一言を受けてから私はずっとそうやって働くようにしてきたし、今のところ一度も後悔したことが無いのだから。

転職後彼女と会う機会は失われてしまったが、同期の話やネットニュースでその活躍ぶりを目にするたび、あの日どうしようもなく腐っていた私を諭してくれた姿が目に浮かぶ。いつも微笑みを湛えて、何事も楽しむ人だった。もしまた一緒に話をする機会が訪れたら、胸を張ってにこやかに「健やかに働いてます」と報告したい。あの日の感謝の気持ちと一緒に。

#大切にしている教え

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