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HMV101×78rpmの邂逅 #2~キャスリーン・ロング スカルラッティ『ソナタ イ長調』(1940年代前半)~しょーたろーの500円SP盤 其の一

始まったばかりのマガジン「HMV101 × 78rpmの邂逅」の中に、さらに新しいミニ・シリーズを上げて行こうと思う。
その名も『しょーたろーの500円SP盤』
これは何かと言えば、ヤフオク!にSPレコードを多く出品している「しょーたろー」と名乗る出品者から私が落札、しかも500円で落札したSPレコードをHMV101に載せて演奏して行くシリーズだ。
しょーたろー(以下敬称略)は関西在住の古物商。ヤフオク!にかなりまとまった数のSPレコードを同時出品しているお人。ジャンルもクラシックに限らず日本の流行歌などにも及んでいる。

そしてなんと言っても特徴なのが、出品スタート価格が500円均一(時々それ以下、例えば300円ということも流行歌の盤にはあったりする)であるということ。しかも、組み物であっても500円!
だからこれからこのシリーズで取り上げるSPレコードは500円で出品され、しかも他に入札者(競合者)がいなかった盤ということになる。
かと言って、決してコンディションの良くない盤を扱っているわけではない。もちろん、専門店の「美品」クラスには及ばないものの、ノイズまみれや歪で鑑賞に堪えないシロモノということはない。「80年以上前に作られたSPレコードに求めるレベルが高すぎるのは如何なものか?」と常々考えている私にとって、多少の瑕疵など全く問題にはならない。
そもそも専門店で「金に物言わせれば、労苦なくしてレコードが手に入る」というより(まずもって私にはそんな財力は「ない」)は、「少しでも安い価格で欲しいレコードを自分で探したり、欲しいものが目の前に姿を現すまで(もちろんそれは「運任せ」なのだが)じっと、気長に待ち続ける」というコレクター気質な私にとって、しょーたろーは心強い供給源なのである。
コレクターの中にはこういう現象を「SPレコードの価格・価値破壊だ!」と言って眉を顰める人もいるが、そう思いたければ思わせておけばよろしい。

言い忘れていたが、しょーたろーとはヤフオク!上、つまりネット上のお付き合いだけではなく、本人に実際に会ったこともあるし、私の店にも遠路はるばるよく足を運んでくれる。何なら彼と店の共催で彼のSPレコード・ディスクジョッキー・イベントをやったこともある。そう、私にとってはとても大切な蓄音機、SPレコード仲間の一人、いや、店に販売用の蓄音機を調達、メンテナンスしてくれるV氏と共にその筆頭格だ。

ということで「しょーたろーの500円SP盤」シリーズの企画主旨をお伝えできたところで、さっそく1回目のSPレコードのご紹介。最近落札したばかりの1枚。

D,スカルラッティ『ソナタ イ長調』L.45(Kk.62)
キャスリーン・ロング(ピアノ)
DECCA M 381  10インチ
1940年代前半録音

イタリア・バロック期の作曲家、ドメニコ・スカルラッティ(1685年–1757年)は、生涯に555曲の鍵盤楽器独奏用ソナタを書いたと言われている。
「ソナタ」と言ってもハイドンが完成させたソナタ形式の楽章を持つ多楽章形式の独奏曲ではなく、多くは3分前後で演奏される単一楽章の作品。
演奏にはなかなかの技術を要するため、結果的にスカルラッティのソナタは鍵盤楽器演奏の技術的向上に一役買うことにもなった。
ナポリ出身でポルトガルやスペインで活躍し、マドリードで没したスカルラッティの作品には民族的で色彩的な作品が多い。色彩的と言っても決して原色一辺倒ではなく、パステル調やモノトーンに近いものもある。特に短調で書かれたり、主調は長調であっても途中で短調に転調するような作品におけるノワールグレーの色調は、スカルラッティ特有の色彩感だと言っていい。

もちろんスカルラッティの活躍した時代に、現代のピアノの前身であるフォルテピアノはまだ実用段階にはなかったので、彼は専らチェンバロを想定してソナタを作曲した。だがバッハの鍵盤作品がそうであるように、20世紀以降においてはそれをピアノで弾くことは当たり前のこととなっている。チェンバロと異なって音の強弱や一定の音の持続や、より一層の音色の変化をつけることが可能なピアノでスカルラッティの作品を演奏すると、元々曲に備わった色彩感がより強められたり、あるいは音の表情により大きな変化をもたらすことが可能となる。そしてそれはスカルラッティのソナタがバロック時代に生み出されたのではなく、古典期、さらにはロマン派の時代に作曲されたのではないか?と見紛うほどロマンティックで、時にして濃厚で深く沈みこんだ音楽に様変わりする。
モーツァルトの優美さや一点の曇りもない、しかしどこか寂しさを湛えた青色だったり、時にショパンやフォーレの憂鬱や儚さと華麗さの同居・・・。
実際にモーツァルト弾き、ショパン弾きと言われるピアニストで、スカルラッティの作品を愛し、自家薬籠中の物とする人は多い。クララ・ハスキル、フー・ツォン、そして、キャスリーン・ロング。

キャスリーン・ロング(Kathleen long, 1896 年 7 月 7 日 - 1968 年 3 月 20 日)は、イギリス出身のピアニスト兼教育者。7歳でデビューした天才少女で後にロンドン王立音楽大学で学び、1920年から1964年までは母校で後進の指導にあたっている。
モーツァルト、ハイドン、バッハ、ラヴェル、フォーレの音楽をよく演奏したロングであったが、スカルラッティも得意とし、SPレコード時代、LPレコード時代、英DECCAに相当数のソナタを録音している。

デッカのSP期末期からLP初期によくある紛らわしいカタログ事情、それは同じ演奏家がSP期末期に録音した作品を、LP時代になりLP用に再レコーディングしているというケースが決して少なくない、というもの。レコードメーカーとしては、LPの登場によりより良い音でそのアーティストのレパートリーを再録音しても勝算があると踏んだのだろう。
その最たる例は、オランダの名指揮者、エドゥアルト・ファン・ベイヌム。
例えば彼は、ベルリオーズの『幻想交響曲』を1946年(SP期)と1951年(LP用)に、ブルックナーの『交響曲 第7番 ホ長調』1947年(SP用)と1953年(LP用)にそれぞれ録音している。
正直、それぞれに演奏上の大きな違いはないような気もするが、大曲の場合、SP録音が1面5分以内に収まるように、音楽を適当な場所で切って録音していくのとは異なり、LPは例えば20分かかる交響曲の一楽章であっても、切らずに完奏することができる。したがって指揮者やオーケストラからしたら、まさに流れるように自分たちの音楽を描き切ることができ、「音楽をクリエイトしている」という感覚はSPのそれに較べ遥かに高く、自然なことだった、ということはあるかもしれない。

実はロングもLP初期の1950年、51年あたりにスカルラッティのソナタを10inch LP3枚分レコーディングしている。写真はあたらくしあが所蔵するそのうちの2枚。

交響曲と異なって、3分以内で演奏できるスカルラッティなら、録音のため演奏を中断する必要はないから、ピアニストからすれば録音する気構えや作業はSPもLPも変わらないはずだ。
しかし、今回動画にした「イ長調 L.45」とそのカップリングの「変ロ長調 L.46」をLP用に再録し、それは上記画像右のグレーのジャケットの10inch
LPに含まれている。この例は他にも存在し、ロングは1940年代前半にSP録音したのと同じ作品、恐らくそれは膨大の数があるスカルラッティのソナタの中でも、特にロングが愛好した曲をいくつかLP録音している。
ロングの偏愛なのか、デッカの策略なのかはわからないが、SP、LPに拘わらず、ロングのスカルラッティはモーツァルトやフォーレなど、やはり彼女がデッカに残した録音同様、明快で端正なフォルムを保ちながら、そこはかとなくロマンの香りを漂わす絶妙な音楽であることに変わりはない。

なお、ロングが1940年代前半に残したSP録音は「Kathleen Long - The Decca solo recordings 1941-1945」とタイトルされた2枚組復刻CDに集成され、気軽に聴くことができる。
SP期にロングは8曲SP4枚分の録音を残しているようで、その8曲もこのCDに収められている。

Kathleen Long - The Decca solo recordings 1941-1945

ただし、SPレコードを電気再生し、電気的処理も加えたであろうその音質は、残念ながらとても「残念!」なものだった。

では、HMV101で再生、録音したキャスリーン・ロングのスカルラッティを。

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