拝啓、瀑を産んでくれた母猫様
今日はとても寒い日でした。
朝から雪が降り、外で生きる猫たちの中にはこの寒さで命を落とした者もいるでしょう。
瀑を産んでくれた母猫様、姿を見たことすらない母猫様。
あなたは元気で、生きていますか。
瀑を野原で拾ってから、一年と半が過ぎました。
たった80グラムの体で、一人ポツンと道の真ん中にいた子。
おそらくは、あなたに捨て置かれた後、赤ちゃんなりに必死で母を探して這い続け、あの場所にいたのでしょう。
あなたの子は、わたしの犬の八房が見つけました。けして傷付けぬよう、牙を一ミリも当てることなく口ですくい上げ、わたしに渡してきました。
あなたの子は今、暖かな部屋でスヤスヤと寝ています。
寒さに身を丸めることもなく、自由に手を伸ばして眠っています。
もしもあなたが今、この冷たい風と雪の中で耐えているならば。
瀑と一緒に生まれた兄弟らが、もしすでにこの世にいないならば。
わずかながら安心して下さい。
あの時あなたが、いかんともしがたい事情で置いていかざるを得なかったあの子は、幸せに、安全に、過ごしています。
あの子は、身も凍るような寒さを、知りません。
空腹も、知りません。
命の危険を感じるような生き物も、事柄も、知りません。
あなたが命がけで産んだこの子がわたしの子となってから、
大切に、大切に、育てさせて頂いております。
今日を生き抜くための苦労、
明日を生き抜くための苦労、
あなたには、日々そればかりであったとお察しいたします。
少しでも風が凌げた日があれば幸運だったでしょう。
食べ物が見つかる日があれば幸運だったでしょう。
危険な目に遭う事のない日があれば幸運だったでしょう。
あなたはそんな日々を生きつつ、あの子を産みました。
母猫様、安心して下さい。
この子は毎日、それらすべてを、得られています。
暖かな場所で、お腹を空かせることもなく、危険を気にすることもなく、ただただ楽しく遊んで、好きな時に好きな場所で、熟睡できる日々を送っています。
姿を見たこともないあなたから託されたこの子は、紛れもないあなたの子であり、そして紛れもなくわたしの子です。
母猫様、この子に、瀑という名を付けました。
時に激しくぶつかり、岩をも砕き、自在に形を変える、水の流れ。
命そのものと思えるような、したたかで逞しく迸るそれを、この子の名前にしました。
この子はとても穏やかで、優しい男の子です。
その皮膚の下には、血管を流れる血の中には、命という激流がある。
母猫様、わたしがそれを守ります。
この子が自分の命を謳歌し、もう充分だと楽しみ尽くしてしまうまで、
いかなる強風からも、飢えからも、災いなさんとする者からも、わたしが守護し続けます。
母猫様。
この世にいるかいないのかもわからぬ、瀑の母猫様。
あなたの子は、ここで、わたしのもとで、
こんなにも安心しきった顔で、今日も明日も、過ごしていきます。