ハートの中にずっと残りたい
何気なく入ったお店が、思っていた以上に良いお店だと得した気分で嬉しい。そして、そういうお店に高い確率で置いてあるのが、キリンのハートランドだ。
このビールは、1986年11月にキリンビールが六本木に開店させたビアハウス「ハートランド」のハウスビールとして瓶ビールを提供したのが始まりだ。
「キリンの名のつかない」ブランドとして発売したこの “六本木” ビールは、評判の良さに乗じてすぐに缶を全国発売したものの、地方都市では鳴かず飛ばずで数年で終売するというマーケティングの失敗をしてしまった。しかしその後、広告らしい広告をしない中で瓶と樽が少しずつ広がり、十数年が過ぎたときに社内で見直され2003年に開業した六本木ヒルズの1階に再びコンセプトバーである「ハートランド」を開店した(2014年に閉店)。そしてその後も堅実に展開し確固たる地位を築いている。大々的な広告をしても1〜2年で頓挫してしまいリニューアル再発売を繰り返し結局は終売となる多くの大手ビール銘柄を横目に、発売当時のデザイン・香味のままで個性的なポジションを得た稀有なブランドだ。キリンビールに26年勤めた自分としても、キリンの銘柄の中で特別に好きなブランドだ。
だからこうしてハートランドとガージェリーが並んでいると嬉しいし、それ以上のものを感じる。
ハートランドは昨年35周年、ガージェリーは今年20周年。ガージェリーも元は2002年にキリンビールの社内プロジェクトで生まれたブランドだ。2007年にキリンビールを離れることになったわけだが、「キリンの名のつかないブランドをつくる」というハートランドと共通点を持つミッションの中で生まれたビールなのだ。「キリン」という消費者に厚く信頼されているブランドを冠さないということは、消費者と商品の関係の新しいあり方を探すことでもある。それにはブランドコンセプトが極めて大切。
自分はもうキリンの人間ではないので、ハートランドのコンセプトについて語る立場にないが、ハートランドのコンセプトは「素(そ・もと)」。飾らず、流行や権威、既存の価値観にとらわれない、ということだ。一方、ガージェリーがブランドコンセプトとした言葉は「元型 (archetype)」という、心理学における概念なのだが、人々の心の中のあり無意識に作用する共通の〝何か〟であり、ハートランドのコンセプトに比べると少々小難しいが、人の心の中にいつも一緒にいるような存在でありたい、という想いを込めている。
ガージェリーがハートランドと並んでいると自分が嬉しく安心するのは、ブランドイメージに関わる要素が大きい。ブランドと消費者の関係をつくっていく上で、商品をどこに置くかは一番大きな問題だ。どういう飲み手が、どういう状況の時、こういう場所で、こういう飲まれ方をしたい。ビールの造り、品質管理はもちろん重要だが、それだけではなく、背景となるストーリー、世界観、ものの見方、切り口、そういうことを飲み手に、たとえ漠然とであっても伝えたい。マナー、トーンと言ったらテクニック臭くなるが、人の感情に寄り添うような優しいイメージのブランドとして心に残って欲しい。そうしたいと願った時に、消費者との接点に誰がいて欲しいか、何と共にあって欲しいかは、自然と決まってくる。それがガージェリーの営業活動をどうするかにも繋がってくる。
話は少し変わるが、人はグループ分けをする。そうすることで物事を理解しやすくする。ビールに関して言えば、大手ブランド以外は、ひと昔前は「地ビール」、今は「クラフトビール」。多くの人はどうしても二者択一で決める傾向にあり、その結果、ガージェリーも「地ビール」か「クラフトビール」というグループに入ることになる。ただ、その二分割の切り口で理解されると、先に書いたマナーもトーンも伝えにくくなってしまう。大抵はそういう理解をしたところで止まってしまうし、その切り口はガージェリーをガージェリーたらしめている要素とは関係が薄いからだ。まあ、世の中は自分だけに都合よく動いているわけではないのだし、クラフトビールブームがガージェリーの追い風になっていることも事実なので、あまり不服を言うのもなんなのだけど。
さて、ハートランドのことを「キリン」の商品だと知らない人がどれだけいるかわからないが、「キリンらしくない」もしくは「日本の大手メーカーらしくない」ブランドであることに異を唱える人はあまりいないだろう。またクラフトビールというカテゴリーを意識しているようにも見えない。ここでは突っ込んで書かないが、クラフトカテゴリーを利用しようと、ある大手ビールが最近展開しているブランドは、正直言ってクラフトカテゴリーをつくってきた小さな造り手たちの物語を愛する者への敬意も美意識も感じられない。それに対してハートランドのブランドとしての清々しさ、足場の揺るぎなさ、それがコンセプトの強さということだ。コンセプトがしっかりしていて魅力的であれば、セールスやマーケティングが特段頑張らなくても、ブランドは自然に広がっていく。
そんな出自もブランドのあり方も、ハートランドとガージェリーは共通点があるということで、並んでいると落ち着いた気持ちで見れるという、そういうことを、長々と書きました。
そんなわけで、遅ればせながら、ハートランド35周年、おめでとうございます。
ガージェリーも20年、これからまだまだ、飲み手の心の中に残っていくブランドになるよう、精一杯やっていきます!