「正義」ってなに?(2)
昨日の続きです。
俺の名前、"正義"の「義」に"永久"の「久」だな😃
そう思った瞬間、「誇りの持てる名前」になりました。
ギリシャ神話での「正義の女神」は、右手に剣を掲げ、左手に天秤を持ち、その目は塞がれているそうです。
剣は悪を処断する「力」、天秤は善悪を量る「知性」、塞がれた目は「私心なき公正」を示しているそうです。
日本で"正義を具現化"している場所、「最高裁判所」にその像があるそうなので、見学できる機会があったら("御用"になるのは勘弁ですが)、ぜひ見てみたいです。
ということで、僕が自分の名前に誇りが持てた理由は、自分が"女神の元で傅かれ"、その「力」と「知恵」を、自分が"世に体現するため"に付けられた名前だ❗️と、思えたからです。
でも、その「正義」。
歴史上では「それ」を振りかざされた事(具体的に言えば、戦争や宗教弾圧など)で、病死と不慮の事故の次に多い「人類の死因」だと、僕は思います。
それはなぜなのか、を考えるための学問。noteに毎日投稿してきて6日目、僕が書きたい事を頭の中で整理して出てきた「歴史」に次いで、2つ目のお題。
「哲学」について、書いていきたいと思います。