三人目の巨匠~ラファエロ
「ルネサンスの画家といえば?」
こう質問すれば、返ってくるのは、必ずといって良いほど二つの名前のうちのどちらかだ。
すなわち
「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
「ミケランジェロ」
確かに、美しいが不気味ともいえる<モナ・リザ>や、<最後の晩餐>。
あるいは、凛々しい<ダヴィデ>や、迫力あふれる<最後の審判>。
これらは世界史の教科書でもお馴染みだし、あるいは別の場所でもよく見かける。
「じゃあ、ルネサンスの三大巨匠は?」
「え……?」
とりあえず適当に、と上の二人の名前を挙げる。
美術をあまりよく知らない、という人でもここまでは正解できる。
だが、三人目は?
「…えっと、誰?」
と、ここで詰まる人は多い。
レオナルドとミケランジェロ…他にルネサンスの画家で誰がいたっけか。
うんうんと唸って、かろうじて出てくるのはボッティチェリあたりか。
だが、残念ながらはずれ。
正解は・・・ラファエロ。
1483年にウルビーノで生まれ、そこで修業。各地を放浪して、フィレンツェに長期滞在したのちはローマへ行き、そこで活躍するも37歳の若さで病死。
名前はすぐに思い浮かべられなくても、下のような絵をどこかで見た覚えはないだろうか?
ラファエロ・サンティ、<美しき女庭師>、1507~8年、ルーヴル美術館
柔らかそうな金髪に、色白のうりざね顔。
装飾品はつけていないが、かえって清らかで品がある美しさを漂わせている。幼児に優しく触れる手つきや、穏やかな表情は、まさに理想的な「母」の姿。
このような聖母像は、当時の人々の間で人気を博し、似たような構図の作品をラファエロは幾枚も描いている。まさに「聖母の画家」だ。
また、他の二人と違い、仕事を放り出すことはなくちゃんとこなしたし、パトロンたちとも角を突き合わせることなく、うまくやっていた。
一言でいえば、「優等生」。性格も、作風も穏やかでマイルド。(彼の作風は、その後、西洋美術史において長く「理想」とされた)
しかし、他の二人に比べると、どうも「パンチが足りない」。
先生からも高く評価されている「優等生」が、クラスメートの人気も集め、中心になるとは限らないのと似ていなくはないだろうか。
ちなみに、顔はというと、この通り、育ちの良さそうなお坊ちゃん風。(当時23歳)
美形で、女性からもモテたらしい。
ラファエロ・サンティ、<自画像>、1506年、ウフィツィ美術館
ちなみに13年後がこちら。
ラファエロ・サンティ<友人のいる自画像>、1519年
……。
一応念のために言っておくと、左がラファエロである。
この時彼は36歳頃。37歳の誕生日に亡くなったことを考えると、最晩年の姿、ということになるが…。
よく言えば、順調にキャリアを重ねて、教皇の近侍の地位も手に入れた、自信に満ちた成功者としての姿。
だが、正直言って最初に見た時は衝撃的だった。
「髭はやめて…」
もしももっと長生きしていたら、彼はどんな姿になっただろう。(美少年で名高かったレオナルドでさえ、まずイメージされるのは、ヒゲと白髪に埋もれた姿だ)
そして、どんな絵を描いただろう。
美術の流れには、どんな影響があっただろう。
歴史にifはつきものだが、パラレルワードがあるとしたら、覗いてみたい。