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短編小説読書メモ23本目~小路幸也さん『イッツ・ア・スモール・ワールド』

「成功は1日で捨て去れ」というのは、ユニクロ社長の言葉だったか。
アンソロジー『エール!』の解説を読んだ時、4本目小路幸也さんの『イッツ・ア・スモール・ワールド』の主人公について、とっさに思い浮かんだのはその言葉だった。
主人公は、ディスプレイ・デザイナーとして、かつては銀座のデパートなどのディスプレイを担当していた。が、不景気の煽りを食って、デパートから仕事を切られることになってしまった。
華やかで多くの人の行き交う場所での仕事を失うのは、確かに恐怖だ。大舞台の主役を後輩や若手に譲れ、と言われるようなものだっただろう。(実際、彼女がかつて手掛けたディスプレイを、自身が育てた後輩が担当している)
だが、主人公はデザイナーとしての仕事を辞めたわけではない。小さな街の老舗和菓子屋で、ディスプレイデザインを手掛けたのをきっかけに和菓子屋の社長に才能を認められ、店のロゴからイメージカラー、店舗やお菓子のパッケージデザインまで全てを手掛けるようになった。
さらに、社長にある蕎麦屋を新たなクライアント候補として紹介される。
これら二つの店は、銀座のデパートに比べれば、ささやかな存在かもしれない。実際に、知り合いに会っても、「落ちぶれた」と思われるのが嫌で、話せない。
が、仕事の現場に身を置くと、自然と頭は新しいアイディアをひねり出すべく回転し、実現までの道筋をも考え始める。
それは体に染み付いた習性のようなものだし、「持てるものを駆使して、ベストな結果を目指す」気持ちにも嘘はない。何より、彼女のデザイナーとしてのセンスや本能は生きている。それを認め、信頼してくれる人がいる。 

客として向かった蕎麦屋での思わぬ再会、そしてある場面を目にしたことを経て、彼女はついに華やかな過去を振り切る。

私は今の私のデザインをしている。
そこの誇りを失ったら、それはもう死んだことと同じじゃないか。

先日、歌川国芳を書いた時も感じたが、どんなジャンルや場所で仕事をするにせよ、信念や美学があるからこそ、そこに魂が入る。

銀座のデパートのウィンドウは、確かに華やかで多くの人の目に触れるかもしれない。が、時季と共に片付けられる一時的なものだ。
巨大な牛のようなデパートに対し、今の和菓子屋は鶏だろう。が、そこでの仕事のヴァリエーションはより幅が広い。それを可能にしてくれるのは社長との信頼関係だ。代わりが利かない、この人が良い、この人だからこそ、と思ってもらえる。
そして何より、今この瞬間も含めて積み重ねてきた物は全てが自分自身の糧となり、次につながってくれるはずだ。無駄にはならない。
執着を捨て、一歩を踏み出す主人公の姿に、とさかをふりたてて堂々と立つ、伊藤若冲の鶏を連想した。

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