【山梨県立美術館】メタバース融合展「まだ溶けていないほうの山梨県美」を見に行く
はじめに
山梨県立美術館では、アートの可能性を模索する展示企画シリーズ「LABONCHI」を2023年から始めました。本年は、LABONCHI 02.雨宮庸介「まだ溶けていないほうの山梨県美」(2024.2.27~3.24)を開催しています。
雨宮氏は、溶けるりんごの彫刻などで有名なアーティストです。本展では溶けるりんごとともに、VRコーナーにて仮想空間と現実空間の往来を楽しむプログラム映像が展開されます。
LABONCHI
「LABONCHI」は2023年より始まった新企画シリーズです。「失われたたものを補うだけではなく、ミュージアムだからこそできる様々な新しい可能性を模索していきたい」と始めた企画だといいます。
「LABONCHI」の名は、「実験室(LABO)」とこの美術館のある「甲府盆地(BONCHI)」を組み合わせたものです。メタバースなど新技術を取り入れアートの可能性を模索し作り上げる実験室に例えています。
第1弾は、LABONCHI 01.たかくらかずき「メカリアル」展(2023.2.28〜3.26)でした。
雨宮庸介「まだ溶けていないほうの山梨県美」
「LABONCHI」の第2弾として、開催されるのが、LABONCHI 02.雨宮庸介「まだ溶けていないほうの山梨県美」(2024.2.27~3.24)です。
雨宮庸介氏は市川三郷町在住の現代美術作家です。
プロフィールによれば、茨城県生まれ、多摩美術大学美術学部油画専攻卒業後、2011年に渡欧、2013年サンドベルグ大学院(オランダ、アムステルダム)を修了。2014年度文化庁新進芸術家海外研修員。以降、ベルリンを拠点に活動し、2022年に帰国。
本展はエントランスにある「ギャラリー・エコー」による実態展示とロビーでのVR展示の2ヵ所で展開されます。本展は無料で鑑賞できます。
実体展示
ギャラリー・エコーに展示があります。ここはエントランスの階段のある吹き抜け部分の一画です。あるのは、溶けたりんごと落下した照明です。
観覧中偶然にも雨宮氏からお話を伺う機会に恵まれました。雨宮氏は「日常の空間」を大切にされる大変穏やかな印象の方でした。
まず目に入るのが《Apple》というりんごの並ぶ作品です。11個のりんごのうちのほとんどが溶けています。
《Apple》というこの作品はりんごの木材を使ってその上から油彩で着色しているといいます。しかも半透明な絵の具を30層以上に塗り重ね、りんごの持つ質感に迫っています。
りんごの皮の内側の色を着色し、さらに皮の色を着色していくそうです。しかも表面は30万以上におよぶ点の集まりになっているといいます。それだけにひとつの製作に1か月半はかかるといいます。このりんごたちは、ごく普通に売っているりんごの種類です。いわば日常にあるものですが、その再現をするために気の遠くなるような作業があります。
さて、そんな当たり前のりんごが溶けています。日常にあるりんごは溶けていてもりんごであることは誰も疑いはありません。でも、それはちょっとした非日常に気づかないうちに引き込まれているのです。
筆者の感想ですが、スーパーで本物のりんごが並ぶのを見て、違和感ではないものの、丸いりんごにどことなくほっとする気がしました。
雨宮氏は、当たり前や普遍性に揺さぶりをかけるのだといいます。これを見た人がスーパーの売り場に並ぶ普通のりんごを見た時に「りんごってこんな形だったっけ?」と違和感を覚えるような体験をするような仕掛けをしたかったといいます。
そして、もうひとつの品が《まだ落ちていないほうの吊り下げ照明》です。このエントランスにある吊り下げ照明が落ちたように再現しています。ガラスは砕けて飛び散っています。
吊り下げ照明はりんごとは違い、日常にあるものではないように思います。しかし、この美術館のエントランスにとっては開館した45年前からずっとこの場所にあるものです。美術館にとっての日常になっているものです。そして落ちるはずのない世界はちょっとした非日常なのです。
この美術館の設計は建築家の前川国男です。この照明のデザインも前川の手によるものでしょうか。
作品は吊り下げ照明を真鍮や鉄などで忠実に再現したのだといいます。知らないと同じ規格の照明があってそれを壊したのかなと思いますがそうではありません。
タイトルの不思議を感じます。「まだ落ちていない」とあります「まだ」ということは落ちることを予見していることになります。落ちた照明と「まだ落ちていない」両方の照明が共存、併存することで成立するアート作品なのかと思いました。なるほど、現実空間と仮想空間の往来がここにもあるのかと思いました。
仮想空間(メタバース)展示
本展の注目は何といっても実体展示と並行して、VR(仮想現実)による仮想空間(メタバース)を体感する展示です。県民ギャラリー前のロビーを会場にて《VRまだ溶けていないほうの山梨県美》と題したVR映像を鑑賞します。
こちらも、雨宮氏のテーマとする現実空間と仮想空間を往来するもので、そうした体験をつくり出すことで、現実の面白さを鑑賞者に投げかける作品となっているといいます。
メタバース展示は、VRゴーグルとヘッドホンをつけて鑑賞します。現実と仮想の空間が相互に侵犯し合う、非日常的な鑑賞体験ができるといいます。
尚、椅子は21脚あるのですが、メタバースを体験できるのは一度に8人までです。休日などは待ち時間が発生する場合があります。
映像は30分です。スタッフが手伝ってくれてゴーグルとヘッドホンを付け音量の確認をしたら映像が始まります。
まずは、今いるロビーに椅子の並ぶ風景が360度映し出されているだけです。そのうち庭を子どもが走りますが、まだそのぐらいしか、現実の場所と映像に違いはありません。そのうち雨宮氏が現れ、椅子を次々に積み上げ始めます。「え、座っているこの椅子も持っていかれそう」そんな錯覚におちいります。積んだ椅子をスクリーンにしたりして、雨宮氏のパフォーマンスが始まります。そのうち積んだ椅子は元の位置に戻されて、周囲に人が座っています。次は何が起きるのか周囲を見渡してしまいます。チェロ奏者が現れ、雨宮氏は風船を飛ばし、二人のダンサーが踊ります。いつしか30分という時間が経ち現実に戻ります。すべてこのロビーにて展開される光景でした。
VRと聞くと何か今いる世界と大きくかけ離れた映像を見せみせなければいけないと思いがちだといいます。そうしたVRは、終わって現実に戻るとその落差が非常に大きい。たしかに、城跡などで往事の姿をVRを見て、現実に戻ると大きな落差を感じます。
しかし、雨宮氏のVRは今ある美術館のロビーで展開される「出来事」が終わってゴーグルを外したときに余韻として残るのです。なんとも不思議な感覚です。少しだけ現実から離れて戻ってきたような感覚です。これが現実と仮想空間を行き来する作品を展開する雨宮氏の仕掛けなのです。
筆者的には映像の中に美術館の敷地を囲む路地を散歩する人影が入ってしまっていたり、まさに、現実世界と少しつながっているように思いました。それもそのはずで、客の入らない早朝に出演者が集まって撮影したそうです。
なお、期間限定でVR作品をオンライン(YouTube)にて鑑賞できるようになっています。VRでの鑑賞を前提としているとの但し書きがあります。確かにVRで見た時の印象とは全然感じ方が異なります。VRでないと伝わってくるものはありません。この映像を現地で体験するとどう感じるのか、と思う程度にしておくほうがよいです。
おわりに
通常の美術展示だけでなく、こうしたデジタル融合のアート展示も積極的に行っている山梨県立美術館の展示でした。
県の発表によれば、雨宮氏が手掛けるコンテンツを山梨県のふるさと納税返礼品とし出品することも計画にあるそうです。開館50年に向けて、山梨県立美術館はまだ進化しそうです。