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ひとりでも越えたい 天城越え
伊豆半島の内陸部にそびえる天城山は、かつて下田街道の難所だった。伊豆の南部は陸の孤島で、下田へたどり着くには険しい天城山を越えていくしかない。そんな話も今は昔、明治時代には天城隧道が開通し、平成には伊豆半島を貫く伊豆縦貫自動車道も出来た。今の時代に天城越えをする理由はもうない。
ないけど、わざわざ「天城越え」をするために伊豆を訪れるのが山岳人なのです。
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一日だけの休みをねじ込んで、越えてきました天城山。
さて今回の登山ルート、標準コースタイムで計算してみるとコースタイム通りに歩けば16:50には到着する。ゴール地点の「天城縦走路入口」バス停の時刻表を調べると、伊東駅に向かう最終バスが17:40になっている。コースタイム通りでも余裕で間に合うな、ゆっくり景色を眺めたら写真を撮ってられるなぁ。なんて考えていたら思っていたらこれである。
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なるほど、コースタイム通りだとギリ間に合わない。
しかし、こういった事態でもしっかりと予定を組んでいれば慌てずに済む。山岳人は常に不測の事態に備えるものだ。事前に綿密な行動計画を立てていたので総歩行時間と距離はわかっている。バスに間に合うにはどの程度ペースを早めればいいのか、計算すればいい。
頭の中で行動時間の計算をやり直す。山の難易度を考えれば10%、20%はコースタイムを短縮できる。安全マージンをとって歩行で15%速度を上げるとして休憩時間を延べ30分とすればどうか? 山登りで鍛えられた頭脳が計算式をはじき出す。考えこむまでもなく答えは出た。
答え:わからん。適当に歩こう。
これが最適解である。たぶん間に合うでしょ。気持ち早めくらいのペースにしとけば? 間に合わなければ駅まで歩きゃいいのよ真冬の雪山じゃあるまいし。死にゃしないって。知らんけど。
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考えるのは諦めて行動を開始する。先人たちが苦労して切り開いた天城隧道すら通らず、脇道から山登りを始める。
しばらくは緩やかな登りが続く。それにしてもこの天城山、雨が多いからなのか、岩まで苔むして美しい。もともと、天城山という名称も雨の多い山で「雨木」という言葉が名前の由来とする説があるのだとか。
神奈川の名峰・大山も雨が多く雨降山(あふりやま)の異名がある。やっぱり海が近いと、湿った海風を山が受けるので雨が多く降るのだろうか。
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鬱蒼とした森の中を歩くこと2時間、標高1,173メートルの「八丁池」に辿り着く。
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この八丁池、かつては天城火山の火口湖だと考えられていたが、近年の調査によって断層のズレで発生した池だと判明している。(って看板に書いてあった)
周囲にはブナやヒメシャラといった自然の林が残されており、人の手が加えられていない天然の森を観察できる。5月頃には池のほとりにせり出す満開のトウゴクミツバツツジが見られるのだとか。
この日は天候が悪く、周囲を雲に覆われていた。付近にある展望台から景色がまるで見えなかったのが残念ではあるけど、それでもここまで延々と森の中だったから、空の開けた場所にいるのが気持ち良い。
荷物をおろし、ぱちぱちと写真を何枚も撮る。時計を見ると11:30最終のバスまで5時間ある。緻密な算によって間に合う(たぶん)ことがわかっているので慌てない。今さら慌てても仕方ないし。
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天城越えは、とにかく長い。
長いし、独りだ。独りなのはほとんど毎回なので気にしないが、とにかく長いと集中力が切れてくる。7時間も行動するので、歩いていると頭がボーっとする。
天城越え、天城越えと何度も頭の中で唱えていたせいか頭の中で石川さゆりが『天城越え』を歌い続けている。しかもぼんやりとしか覚えていないせいでサビに入ると「あなたと越えたい 津軽海峡冬景色」と頭の中で歌がすり替わるので、歩くことに集中できない。
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今回、一日だけの休みにわざわざ遠出を決めたのはこのアマギシャクナゲを見るのが目的だった。伊豆半島固有の植物で、ここでしか見られない。
5月中旬から6月上旬が見頃。6月に入ったばかりなので旬は過ぎているとしてもまだ見られるはず。という予想は見事に外れてまったく見当たらない。事前に観光案内所で開花場所の地図をもらっているのに、どこを見てもない。帰ってから調べたが、今年は開花が早かったようで5月上旬にはすでに満開だったらしく、すでにアマギシャクナゲは散っていた。
そんなこととは知らない私は「見落としているのかな」と森の木々をちらちら気にしながら歩いた結果、斜面の泥に足を滑らせて尻もちをついた。全身が泥だらけでテンションがだいぶ下がる。
でもいいんだ、この日はわざわざ伊豆に来たのだから、帰りは時間があったら日帰り温泉にでも入ろうと思って着替えをばっちり持ってきている。こんなところまで完璧に用意周到な自分をほめてあげたい。
しかもこの日、天気は曇りの予報だったのが徐々に天候が回復し、山頂へたどり着く頃には伊豆の景色も眺められた。
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ちなみにこの天城山、正確には天城山脈の総称で、ひとつひとつの山には万二郎岳(ばんじろうだけ)や万三郎岳(ばんさぶろうだけ)といった名称がついている。
この写真を撮ったのは万二郎で、天城山で標高が最も高いのは万三郎岳だけど、こちらは残念ながら展望がない。
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結局、歩いてみたら16:00にはゴールである天城山ゴルフ場まで降りられた。泥だらけにはなったけど時間も余裕だし良い景色も見られたし、終わりよければすべて良しだ。しかもこのあと日帰り温泉が待っている。
と、登山終わりの高揚感も手伝ってこの時は良い気分でいられた。
しかし……バス停の前でザックを下すと、背中がべったりと濡れている。
汗にしては妙だ。いくら汗を掻いたとはいえ速乾性のシャツがここまで濡れたままというのは……それに、ザックまで湿っている。ザックの底面からジワリと水が染み出していた。イヤな予感がする。
「あっ」と気付いてザックの中身をすべてひっくり返すと、荷物がすべてびしょびしょに濡れている。もちろん着替えも。
どうやら尻もちをついた時に、ザックの中でウォーターパック(防災用。3リットルも入る)が破れたらしく、水が漏れていた。すでに着替えは救出不可能なほどに濡れている。
おかげで温泉にも入れず、泥だらけで電車のシートに座るわけにもいかず、失意と疲れを引き連れて帰る羽目にはなった。
でも、構わない。山を越えるというのは苦労を進んで選び、結果を引き受けるということだ。思ったようにはいかないさ。人の思い通りにならないのが山なのだから(精一杯の強がり)
※Note創作大賞2024にも応募しています。よければこちらも読んでください。
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