ピンク色の海に抱かれて
お出かけに際しては大きく分けて二つのタイプに分類されると思う。積極的に外に出たい派か、そうでないか。前者はいわゆるアウトドア派、対する後者はインドア派。そして私は自他共に認めるインドア派だ。休みの日は、用がない限り家でゆっくり過ごしたい。
だから、この週末も家でのんびり過ごすと決めていた。コーヒー片手に読みたかった本を読み、至福のひと時を満喫する…はずだった。あの一言さえなければ。
◇
「ねぇ。せっかくの休みだし、二人でどこか出かけてみない?」
そう提案されたのは、晴れ渡った秋の日曜日。せっかくの休みに、一体何を言い出すのか。朝食のトーストに齧りついていた私は、目線だけを彼に向ける。
「だから、お出かけだよ!お・で・か・け!二人で一緒に!」
そう言うと彼は瞳を輝かせながらこちらを見つめる。さながら散歩をねだる大型犬だ。そして私は、この表情にめっぽう弱い。
「…お出かけって、一体どこに行くつもりなの?急な話だし、そんなに遠出はできないよ?」
と、一応確認してみる。インドア派の私に対して、彼は生粋のアウトドア派。故に急な遠出も平気でやってのける。あまり遠くへ出かけるようなら、それなりの気合いを入れる必要がある私とは雲泥の差だ。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はニコリと笑って「大丈夫、そんなに遠くないから。」と言う。
「それに、最近あんまり外に出れてないからさ。ちょっとした気分転換も兼ねて。ね?」
そう言うと彼はじっとこちらを見つめる。その目を見ていると、とても「ダメ。」とは言えなくて。結局二人で彼の言う「お出かけ」をすることになった。
彼の車に乗り込み、目的地に向けて出発進行。とはいえ目的地がどこなのか私は知らない。尋ねてみたけれど「着いてからのお楽しみ。」とはぐらかされてしまった。懐かしの音楽をBGMに走ることしばし。不意に彼が口を開いた。
「こうやって二人でゆっくり出かけるのも久しぶりだね。」
そうだね、と相槌を打ちつつ私は目的地がどこなのか考えてみる。けれど、皆目見当もつかない。彼は一体どこに行きたいんだろう?窓の外を流れていた見慣れた景色は、いつの間にかのどかな田園風景に姿を変えていた。その見慣れない風景にだんだん不安になってくる。と、どうやら表情に出てたらしい。
「そんな顔しなくても大丈夫。もうすぐ着くよ。」
言いつつ彼はハハッと笑った。その宣言通り、間もなく車はとある場所で停車した。その場所を見て、私は「あれ?」と首を傾げる。ここ、何となく見覚えがあるような…。そんな私に向けて
「ここからちょっとだけ歩くね。」
そう言うと彼は緩やかな斜面を登っていく。スッスと進む彼とは対照的に、私はすぐに息が上がってしまった。
「ねぇ、ここどこ?何があるの?」
堪らず彼に尋ねても「もうすぐ分かるよ。」の一点張り。これは大人しくついて行くしかなさそうだ。黙々と歩き続けて何とか斜面を登り切った次の瞬間、私は息を飲んだ。
「うわぁ…!」
緩やかな斜面を登りきると、そこに広がっていたのは鮮やかなピンク色の海。それはよくよく見ると一面に咲き乱れるコスモスの群れだった。
「前にテレビで紹介してて、行ってみたいって言ってたでしょ?だから二人で来てみたいなって思ってて。」
言われて私も思い出した。秋の特番で小旅行を楽しむ企画を見ながら、そんなことを言ったかもしれない。でもそれは確か1年も前の話だ。
「本当はすぐ一緒に行きたかったけど、その時はもうコスモスの時期終わっちゃってたから…。でも今年一緒に来られてよかった。」
そう言うと彼は優しく微笑んだ。本人ですら忘れているような言葉を覚えていてくれた。そのことが嬉しくて、私は胸がいっぱいになった。それを誤魔化すように、もう一度コスモスの海を眺める。それは日常では見られない特別な光景で。まるで旅でもしているかのように心が浮き足立った。
「連れて来てくれてありがとう。私も、一緒にこの景色を見れて嬉しい。」
そう伝えると、彼は嬉しそうに笑った。それにつられて私も笑う。そんな二人を見守るように、遠くから鈴虫が優しい音色を響かせていた。
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こちらの企画に参加させていただきました。
こちらの企画にも参加しています。74日目。
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