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だいこん。

目覚めのよかった朝、意気揚々と、仕事に向かう。
住宅の間を抜け、駅までの近道。畑に挟まれた、まだ舗装されていない小径を歩く。
ふと見ると、収穫された大根が、ブルーシートの上に規則正しく並んでいる。


...。


ぼくの脳裏に苦い思い出が蘇った。
シャツの袖をまくって、自分の白くて頼りない腕に目をやる。
揚がった意気はすっかりしぼんで、文字通り消沈してしまった。


「だいこん」って、呼ばれてたなぁ...。


前に「宿命のあだ名。」という記事を書いた。
ぼくの名前は、プロフィールを見てもらえればわかると思うけれど、だいすけ、という。


おそらくは日本中のあらゆるだいすけさんが、避けて通ることのできない問題がある。問題というよりそれは、運命、宿命といった方が正しいかもしれない。 それが今日のタイトル。 ぼくらの宿命のあだ名、「だいすけべ」だ。


そんな宿命に加え、ぼくは陽に当たるとすぐに真っ赤になってしまうような色白のヒョロっこだったから、ある日だれかがぼくに向かって言ったんだ。


うぇ〜い!だいこん!だいこ〜ん!!


色が白いことを、ぼくはとても気にしていた。もちろん、今でも。
恥ずかしくて海なんか行けない。水着なんかもってのほかだ。半そでやショートパンツだって、できるだけ敬遠している。
子どもというのはある意味とても残酷で、ぼくももちろんそのひとりだったけれど、思いついたことを平気で口にしてしまう。

たとえそれが、だれかに表情にパッと花を咲かせるようなひと言であったとしても。
たとえそれが、だれかの人生を奈落に突き落とすようなひと言であったとしても。


言われてうれしかったことは、じつはそんなに覚えていない。
たくさんあるけれど、ほんとうはもっとたくさんあったはずなんだ。
でも、言われて傷ついたことは、たとえどんなに時間が流れたあとも、そのひと言ひと言はこころに消えない傷をのこして、ふとしたきっかけでいたずらにこころを乱しにやってくる。

そうして、笑っている。
そのひと言は、上からぼくを見下ろして、ぼくを嘲笑っているんだ。


今なら「だいこん」と呼ばれたところで、味がしみていいだろくらいの返しはできるけれど、あのときはやっぱり傷ついた。
野菜売り場に並んでいる大根を見ても嫌だったし、味噌汁に入っている大根も、もう白くないのに嫌だった。
母や祖母に余計な心配はかけたくなかったからちゃんと食べたけれど。

大根の白さと、自分の身体の白さ。
たしかに同じだった。

すごく、すごく、自分が恥ずかしかった。


べつに深刻ないじめがあったわけではなかったし、子どもは良くも悪くも単純だから、我慢していれば嵐はやがて過ぎ去った。
ぼくも、思いのほか早く忘れた。
でもそこから30年。
昭和の終わりにつけられたあだ名は、ひとつの時代を経てもなお、ぼくのこころにこうして顔を出しては、傷とは言えるのかわからないような、ちいさなちいさな痕を残していく。
そんな痕をこころの奥に抱えて生きているんだなぁ、と実感する。
もちろんこんなのたいしたことじゃないけれど、もうすこしぼくが、繊細な子どもだったら。
苦い思い出としてここに書いて、笑って終われることもなかったかもしれないから。


あだ名には、愛があってほしいな。


そんなことを思った、今日のはじまりだった。








...。
思い出した。
「だいべん」なんて、信じられない呼ばれ方をしたこともあったんだった。
さすがにかわいそうだと思ったのか、「べん」の部分を濁して、

「だいぶぇ~」

なんて呼んでくれた子もいたっけなぁ。

良くも悪くも、「大」という字は大げさなんだな。

今度こそ、おしまいです。
いつも読みに来てくださり、ほんとうにありがとうございます。





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