穏やかなノエルに祈りを
「ねぇ。今年のクリスマス、どうする?」
そう尋ねられたのは、12月に入ってすぐの頃。そろそろ年末に向けて予定を調整しようと手帳と睨めっこしていた私は、その声で顔を上げた。
「クリスマス?確か仕事じゃなかったっけ?」
そう。クリスマスだからといって仕事が休みになってくれるわけじゃない。今年のクリスマスは普通の平日。故に彼は通常業務のはず。そして私の手帳にも、その日付にはきっちりと仕事の予定が書き込まれていた。
「うん、それはそうなんだけど。去年のクリスマスは一緒に過ごせなかったから、今年こそはと思って。」
そう言うと、彼は困ったように笑った。「ダメかな?」と。
そんな風に言われて、断れる人間なんているのだろうか。少なくとも私には断れないし、そもそも断る理由もない。二つ返事でOKすると、そのままクリスマスの予定を組み始めた。
その話し合いの結果。今年のクリスマスは二人でささやかなパーティーを開くことになった。自分たちで料理を手配して、家でゆっくりとした時間を過ごす。
「今年のクリスマスは彼と一緒に過ごせるんだ。」
そう思うだけで、私の心はふわりと暖かくなった。
◇
それからはあっという間だった。師走、とはよく言ったもので。本当に走るように時間が過ぎていく。そんな忙しさの中にあっても、私の心は穏やかだった。それは、彼との約束があったから。
去年は叶わなかった、私のささやかな願い。大切な人と過ごす、穏やかなクリスマス。その願いが今、叶おうとしている。そのことが嬉しくて、私はそっと首元に手をやった。
そこにあるのは、私の大好きな宝石があしらわれた雫型のネックレス。彼が去年のクリスマスにプレゼントしてくれた、私の大切な宝物だ。
彼は気づいているだろうか?
このネックレスには彼と私、二人の誕生石があしらわれていることに。だからこそ。私はお守りのように、このネックレスを大切に身につけている。いつでも彼を、近くに感じられるように。
けれど。最近は彼との距離が以前より遠くなってしまった気がする。会えないのは仕方ないにしても、日課だった夜の電話も最近はご無沙汰。仕事で忙しいのは分かるけれど、それにしたって去年はこんな事なかったのに。
そんなことを考えると、どうしても不安になってしまう。そんなはずはないと分かっているのに、嫌な想像が頭にこびりついて離れない。
会いたい。
彼にその一文を送ったのは、クリスマスを目前に控えた金曜日。「急だし迷惑かな。」とも思ったけれど、一人では不安に押し潰されてしまいそうだった。
待ち合わせ場所のスタバに向かい、ソイラテ片手に待つ事しばし。冬の冷たい空気と一緒に、彼がするりと店内へ入ってきた。窓際の席に座る私を認めると、注文もせずに真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「会いたい、なんて珍しいね。どうしたの?」
そう尋ねる彼は、少し息が上がっていて。きっと「会いたい。」と言ってしまった私を心配して、急いで駆けつけてくれたのだろう。
こんなにも心配してくれる彼に対して、私は不安な気持ちを抱いてしまったのか。
そう思うと、何だかいたたまれなくて。私は「何でもない。」と言って彼から目を逸らした。でも——。彼は優しいから、ここで私が口を噤んでしまうと気に病んでしまうかもしれない。
チラリと彼の方を窺うと、案の定。難しそうな顔で何やら考え込んでいる。これは在らぬ誤解を生む前に真相を明かした方が良さそうだ。ソイラテを一口含み、私はゆっくりと口を開いた。
「本当に、何かあったわけじゃないの。ただ、最近はあまり連絡もなかったから、ちょっと不安になっちゃって…。」
そう言ってから、とてつもない恥ずかしさに襲われる。「ちょっと不安になっちゃって…。」って、一体どこの乙女だ。彼だって驚いて固まってしまったじゃないか。
急いで「そっちだって仕事で忙しいのに、こんなこと言ってごめんね。」と付け加えてみるけれど後の祭りで。その場に流れる、気まずい空気。こんな事ならもっと別の返答をすれば良かった…。
そんな私の葛藤を知ってか知らずか。彼は言葉を選ぶようにして、ゆっくりと話し出した。
「不安にさせてごめん。自分のことに手一杯で、あまり連絡が出来なかったんだ。でも、信じてほしい。君を嫌いになったわけじゃない。今年こそは、二人で一緒にクリスマスを過ごそう。」
そう言うと、彼はもう一度「ごめん」と呟いた。
違うの。私は謝って欲しいわけじゃない。むしろ謝らないといけないのは私の方。だって…こんなにも私の事を想ってくれるあなたを、一瞬でも疑ってしまったのだから。
頭の中でたくさんの感情がぶつかり合って、声にならない。その事が、さらに私の胸を締めつける。どうしていつも肝心な時に限って言葉が出てこないんだろう。結局私は黙って頷くことしかできなかった。
◇
そうして迎えたクリスマス当日。
仕事は相変わらずの慌ただしさで、終始てんてこ舞いだった。それでも何とか仕事を片付け、急いで彼の元へと向かう。
その手には彼へのプレゼントと、白い箱。中身は彼が大好きな苺をあしらった、純白のクリスマスケーキだ。事前の打ち合わせで彼が料理を手配してくれる事にはなっていたけど、ケーキについてはノータッチだった。だから、このケーキは私からのちょっとしたサプライズでもある。
先日の出来事以降、彼は以前と同じように連絡をくれるようになった。その事が嬉しくもあり、申し訳なくもある。私は彼からもらってばかりだ。少しでも良いから、何かお返しがしたい。このサプライズは、そんな想いからの行動でもあった。
果たして彼は、どんな反応を見せるだろう?
それを想像するだけで、私の胸は淡く高鳴る。すぐにでも彼に会いたくて、私は歩調を少し早めた。
彼の住むアパートに着いてインターホンを押すと、扉はすぐに開いた。
「いらっしゃい。さぁ、どうぞ。」
そう言われ玄関に足を踏み入れた瞬間、何やら良い香りが頬を掠めた。暖かくて、優しい匂い。促されるまま奥の部屋へと向かった私は、扉を開けて驚いた。それは、見慣れたはずの彼の部屋がクリスマス仕様へと姿を変えていたから。
テーブルにはローストチキンを始め、美味しそうな料理たちが所狭しと並べられ。棚の上にはクリスマスのオーナメント。部屋の片隅には可愛らしいツリーまである。
これは一体どういうこと?
驚きで固まってしまった私を見て満足そうに微笑むと、彼はゆっくりと種明かしを始めた。
「君に喜んで欲しくて、今年のクリスマスは僕なりに頑張ってみたんだ。去年は一緒に過ごせなかったから、その分も…ね。君の大好きなチョコケーキだって、ちゃんと準備してあるよ。」
その言葉を聞くや否や、私の目から涙が溢れた。まさか彼がこんなサプライズを準備してくれてたなんて。涙を誤魔化すように、私はスッと白い箱を差し出した。
「ケーキ、被っちゃったね。でも…ありがとう。」
驚いた顔で、でも嬉しそうに受け取る彼。せっかくサプライズまで準備したのに、結局私はもらってばかりだ。でも、この時ばかりはそれも悪くないような気がした。
私の首元には、今日も変わらず雫型のネックレスが輝いている。そして今日のサプライズ。彼と出会ってから、私の宝物は増える一方だ。優しくて暖かい、大切な贈り物たち。
ありがとう、私の愛しいサンタさん。願わくばどうか、この幸せがいつまでも続きますように。
◇・◇・◇・◇
こちらのクリスマスアドベントカレンダーに参加させていただきました。
25日のクリスマスまで毎日一人ずつ物語を紡いでいく、この時期ならではの素敵な企画です。
今まで小説は読む専門で、書いた経験はほぼ0に等しい。そんな私ですが、七海さんの「やる気を尊重」という言葉に勇気をもらい、今回挑戦させていただきました。七海さんを始め、参加者の皆さん。素晴らしい体験をありがとうございました。
そして、ここまで読んでくださった皆さんに大きな感謝を。皆さんにとって、素敵なクリスマスになりますように。
【12/25追記】
彼目線の物語も書いたので、もし良ければ読んでみてください。