随想好日 第十二話『わたしの中の何かが死んだ日』小説 細氷と骸の中の原罪
『小説・細氷 / 17のDiamond dust』に寄せて
文藝の短編賞応募にむけ書き下ろしたつもりだった。
読めば読むほど既視感をともない当時のことが思い出される。
一つ一つの言葉。一つ一つの仕草……
煙草を吸う
指を絡めながら流した涙
"男の人って…… "あなたの口がそう呟いた日
後のことなど考えもせずに
二人にとって共通の傷つく人の顔さえ
その瞬間を昂らせるものだったのか
幼過ぎたのか。無知だったのか。無責任だったのか
傍にいて欲しいと思うことは悪なのか
傍にいてやりたいと思うことは悪なのか
ただきっと人ではなかったのだろう
ただあの日を境に俺たちの中の何かは死んだ
あまりにも早すぎる死を自分たちの中に見た
息を吹き返すことだけは無かった
17歳という早すぎる死
思えば四十数年それをずっと抱えている。
いつかは書こう。いつかは書かなければ。
焼けた栗を素手で握るように……
手のひらを焼き、握った手の中爆(は)ぜる。
出口を求めるように
助けてくれと叫ぶように
それは容赦なく握った手の中で爆(は)ぜた
幾夜も幾年月も
影を追いながら
書き上げてからも時に魘(うな)され、原稿に向かうと頭を掻きむしり、そして奇声を発する始末だ。まぁ、別に人様の前でおかしなことになるわけではないのであるからして自己完結できる話ではある。
むかし読んだ吉行淳之介のエセーのなか。
オモシロい表現が使われていたことを思い出す。
「キャッと叫んでろくろ首になる」というものなのだが、確か、野坂か阿川か安岡か北のいずれかが言い出しっぺだったようだが、吉行はこの言葉をいたく気に入っていた。
想い出したが、マアジャンの席で危険パイを切る時に北杜夫先生が使った言葉だったかもしれない。たしか麻雀の時だ。
男は生きていると、ときにキャッと叫んでろくろ首になるようだ。
深く同意するのである。ろくろ首の首で"め"の字を書いて鉈でぶった切られるほどのものであるのだが。
結局ふたつのことを除いて書けた。
これは墓場までだ。かかずとも良いことだ。
あまりにも傷つきあまりにも傷つけた。
あの日のこと。
わたしの中で完全に何かが死んだ日。
決定的な何かが死んだ日だった。
もう一人決定的に何かが死んだ日になった人物がいるだろう。
そして一番深い愛をみせ何も悪くはなかったはずの人間の何かも死んだ日
となったろう。
レクイエムを捧げよう。それぞれが抱えそれぞれが失ったもの達に。
そして誰かがそのレクイエムを書かなければならなかっただけのことなの
だ。関わった誰かが死んだものを抱えた誰かが。
いまだ骸に原罪と共に閉じこもったままの誰かが。
そしてそのまま眠るだけである。
了
当然のようにわたしは結局この作品の応募も見送った。
鎮魂歌で賞に応募 ? この不埒者。そう思っただけのこと。
そのうちe-pubooに綴じるだろう。
世一
尚、小説・細氷の登場人物・背景はすべて架空のものです。