
本屋大賞2025
この身を通り過ぎさせないように、コツコツていねい読みです。読んだ順。
『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈
(名字)は〜って話し出すところ、家族にもその口調なところ(「心配しなくていい、滞りなく解けた」)は健在であった。図書館戦争にもおっさんずラブにも思うが、寅さんのように続いていてほしい。ダラダラと、時にハズレ回があったとしても構わない。永遠に近く、続けてほしい。
こちらは唯一、ノミネート作発表の前に読んでいた(そして友達にあげてしまった)。前作の本屋大賞受賞に際し、誰かの言った「成瀬が獲った」感がある、というコメントに、正直頷けるところもあるけれど、作者としては誉れとしては受け取れない複雑な部分もあるんじゃないかなー、と思っていた。いや、頭10こ とびでちゃったキャラクター造形能力を誉れとすればよいのか。よいのだ。
『アルプス席の母』早見和真
「航太郎は、自分自身の言葉を持ったのだ。」
母親とは、わたしの想像以上に(母親であることでより)人間であった。主人公を別に好きにはなれなくても、受け入れ難いほど人間らしさがあらわされることで物語としての価値があがっていた。八万事件は最高に気分が悪いし(ここは母立派ヒーローでした)、伝令は結末へのミスリードであった。屈託は抱えるものなのだね。
『spring』恩田陸
「誰もが、舞台の上で「生き直す」自分を観ている。」
主人公がどんな風に特別か、が大変な説得力をもって描かれている。2025年本屋大賞ノミネート作の共通テーマを「自分の言葉を獲得すること」と項立てするのは、まだ早いだろうか。小説とは、わたしの予想よりも、人間の成長や苦悩ゆえのストーリーでなくバレエと世界史・宗教、そして才能の説明語りが多くを占めている側面があるのだなととらえ直した。サード・プレイスこと稔おじさんがおしゃれすぎる。萬春(名も!)の恵まれたもちもののなかでも一番にねたましい。
『生殖記』朝井リョウ
「どうしたって、意味や価値からは離れられない。」
個体、番、生産性、成長などのキーワードが繰り返される。生殖器観点なのと、ひらがな〜なのとで、ゆるいおかしみをもちつつ、ヒトの残念さが直接的にわかりやすく記されている。わたしはまだ、もちものが少なくて、結果的にただ生きているに近いほうだと思う(主体的に選んだわけではない)。ただ生きることと、時間を前に進めること、空白を埋めることは反対のところにある。けれどダイエットとお菓子作り、もちろん結婚と出産だけでなく、読書も同じ。仕事は違うな。
『人魚が逃げた』青山美智子
「確かな自分を持つ。それは、臆病さを守るプロテクターを装備することじゃない。防具を外したときに、ちゃんと立てることだった。」
作者の『月の立つ林で』が(タイトルも装丁も地味であるにもかかわらず)マイベストである。今回は内容よりタイトルと装丁が勝ってしまった感じ、この型で職人的に作っている感じがした。『生殖記』を読んだ直後では、実は幸せなすれ違いも、最後までは書かれない予感のできるハッピーエンドの章立ても、さすがにおとぎ話であった。王子は謎に現実(その方が上手いような)ミスリードで結局ファンタジーだったな。
『死んだ山田と教室』金子玲介
「おちんちん体操第二」
好き!!!
表紙は『桐島』を、語り口は『少年ミステリ倶楽部』彷彿とさせる。設定(死んだ〜シリーズになっていた)→結末がきれい。これ以上に鮮やかなことはない。『リメンバー・ミー』然り、死後のおそろしさをゆるませる力が物語にはある。スクープ部はさておき、不謹慎さでなく希望さえ抱かせたならば成功だ。情景描写が上手かはわからないが適切に入っている。会話の応酬がすべらず、軽く、面白い。笑いへのリスペクトが増す。シールは最高すぎて使えないよ〜〜!
『恋とか愛とかやさしさなら』一穂ミチ
「低温火傷のように、盗撮のことは皮膚の下で常にじくじく寒いていた。生活のふとした瞬間、生まれ直したように何度でも新鮮に気づかされる。あ、そういえば、啓久って、盗撮したんだった。」
二度と元に戻らないこと、リセット不可能なことってたくさんある。その事柄も、後悔という感情も苦手だ。得てしてアンコントローラブルなもので、今の自分にはどうしようもなく、先にも続きそうだと思えば外に出たくなくなる(ということが最近あった)。新夏には疑うところがなく、信頼に足る物語の主人公として完璧だ。そしてそれはおそらく啓久も。現実というものがあるために決して安易に着地しないぞという書き手の誠実さを感じた。まさに制服撮影シーンのことを名シーンと云うのだ。だからこそタイトルは大事。これに続く本文が未だ理解らず。
『小説』野崎まど
「“お前の精神に貸したものを、現実に返せ”」
タイトルが壮大だと、それはそれで期待が大きくなってしまうのか。悩ましい。SF小説の難解で、煙に巻かれたような印象の読後感が残念だ。わたしがついていけないだけかな。「読むだけでいい」という主張も、どうだろう。
『禁忌の子』山口美桜
これぞエンターテインメント。平日の夜に一気読み。ちゃんと衝撃。興味の持続から理屈の納得可能さまでばっちり。論理をもっとわかりたかったが、先を知りたすぎてどんどんページを捲ってしまった。物語上で、倫理面はどこまで許されるのだろうか。性描写、必要だったね。「『財布が一つだけだ』という思い込みがあったから」両親がクローンなのかと思った。でもそれでは‘兄妹’的に違う子が生まれてくるだけか。謎解く者が心無い、医療従事者の城崎であることの必要性も感じられ、完成度の高い物語だった。
『カフネ』阿部暁子
「あの子が小さい頃、朝のニュースで観光地が紹介された時、ぎゅうぎゅうに人が映っている画面の端っこの、ごま荷みたいな人を指して『この人すごくかなしいんだね』って泣きそうな顔で言ったことがあります。」
フード性善(小)説。ツナマヨだ、が名場面。超人(ゆえに冷め)にはならないバランスのせつな。物語の決着は新しく、努力して、こうやってつけるのだ。可能性を多面的に揺らし、最後に自死でないとはっきりさせることに安易だという印象はもたなかった。改めて子は物でない。改めて。
好き順。
小説の勉強にと思っていたけれど、いつのまにかそんなことを忘れて、読み手として。
🦤🧼
1『死んだ山田と教室』
2『spring』
3『禁忌の子』
4『恋とか愛とかやさしさなら』
5『カフネ』
6『生殖記』
7『成瀬は信じた道をいく』
8『アルプス席の母』
9『人魚が逃げた』
10『小説』
寝るより大事な2週間強でした。高水準でわたしのこころをとらえてつかんで離さない物語が多かった。30前後の個体が据えられることはままあるのだが、フィクションが社会の現実をこうこうと照らしている。多様性は現代。時の戻らなさはいつでも。紙面の側ににだけおとずれる成瀬や春、せつなの煌めき。山田は?
きれいなままではいられない。わたしが読みたい物語には、カップルズホテルの、教室の、突拍子に熱くとぶシーンが必須だった。