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気になってた階段を登ってみた話

僕は都市部から離れた町で、半ば引きこもるように生活している。前職を辞めて、縁もゆかりもないこの町に引っ越してきてから、在宅の仕事を始めた。前職のように、出勤もなければ飲み会もない。ただ家のパソコンで作業をする日々だ。楽と言えば楽だし、羨ましがる人もいるかもしれないけど、とにかく体がなまる。近所に知り合いもいないから、出かける用事も通院や買い物以外にはない。

僕の住んでいる町は田舎というほどではないが、そこまで栄えてもいないくらいの、ちょうどいい規模感だ。買い物に困らない程度に店はあるし、夜になると誰もいなくなるのも心地よい。自然も多くて、近くの山から降りてきたタヌキやリスと遭遇したりする。

せっかく自然の多い場所に住んだわけだし、たまには見晴らしのいい場所に出かけてみようかな?と考えることもあった。でも、結局はめんどくささに負けた。そんなこんなで、仕事以外の時間も家でダラダラしてしまっていた。家の中は快適で、僕は公私ともにインターネットに漬かり切っていた。怠惰の極みである。

でも、そんな僕にも気になる場所があった。そこは怪しいお店というわけでも、行楽地というわけでもない。
買い物の通り道の脇にある、長い階段だ。

この階段は、僕の通り道から少し外れた場所にあって、日常生活で使う機会はまったくない。登った先に何があるのかもよく知らない。

初めてこの階段を見たのは、町に住んだばかりの頃で、最初は思わず立ち止まってしまった。大きな寺や神社以外でこんな階段を見たのは初めてだったからだ。登った先がどうなっているのか気になったけど、疲れるからいいやと、そのまま家に帰った。

それから、道を通るたびに、視線が階段の方へ流れた。段数を数えるのもしんどくなるような階段のてっぺんに、どうしても目が行った。結局登りはしないわけだけど、階段を見た後はいつも考えていた。

登ったらどれくらい疲れるんだろう。
登り切った先には何があるんだろう。
登り切って振り返ったら、そんな景色があるんだろう。

何かおもしろいスポットでもあればいいなと、登りもしない階段の先について夢想していた。グーグルマップで見ればすぐにわかるようなことだけど、あえてしなかった。いつか登るから、ネタバレは控えておこうと思ったのだ。だからといって、実際に登る行動力もなかったわけで、この階段は積みゲーのように、頭の片隅に残るだけになっていた。

そして、この町に引っ越してから、4年が経った。

僕のめんどくさがりは相変わらずだったけど、さすがになまりきった体に危機感を覚えるようになった。それでも外に出るのはめんどくさいから、室内でやれる筋トレをしていた。腹筋ローラーを転がし、スクワットをし、ダンベルを持ち上げる。筋肉の減退は予想以上で、最初は思ったような回数をこなせなかったが、少しずつ慣れてきた。行動した満足感と筋肉痛の心地よさが癖になり、筋トレは珍しく、日々の日課として取り入れることができた。

ある日、腹筋ローラーをやっていると、あの階段が脳裏をよぎった。

筋トレのおかげで少しはアクティブになったのか、登ってみたい気持ちがこれまでにないほど膨らんだ。登るなら今しかない。

僕は思い切って家を出て、例の階段に向かった。6月下旬とは思えない暑さで、さっそく外出したことを後悔しそうになった。どうして、もっと楽な季節に実行しなかったのかと考えながらも、とりあえず階段に向かって歩く。

野生のリスに遭遇してテンションが上がりながら歩くこと数分、目的地までたどりついた。

近くで見ると、なかなかの迫力だ。まずは行く先を見上げた。苔むした階段の先には踊り場があり、また階段が続く。

てっぺんには老夫婦らしき2人組がいた。立ち止まっているので、上からの景色を楽しんでいるんだろう。彼らが登り切った後なのか、降りてくるところなのかはわからない。

筋トレで少し自信過剰になっていた僕は、勢いをつけて一段目に足をかけた。階段は野ざらしのまま清掃もされていないようで、いつのものかわからない落ち葉がすみに溜まっている。テンポよく、一段ずつ階段を登っていく。見たことのない虫や剪定されてない枝葉を観察しながら歩を進めていくと、すぐに1つ目の踊り場にたどりついた。

なんだ、案外余裕じゃないか。そう思いながら再び登り始め、2つ目の踊り場にも簡単にたどりついた。PCと一体化したような引きこもりの日々で、どこまでなまったのか不安だったけど、これなら意外と大丈夫かもしれない。

でも、3つ目の踊り場を過ぎたあたりで、足が疲労を感じ始めた。普段使っていない筋肉が悲鳴を上げているのがよくわかった。それでも登っていると、膝が震え出した。

最初に見かけた老夫婦が、和やかに話をしながら僕とすれ違い、下へと降りていった。耳に入った会話から、一度階段を登り、景色を眺めてから降りてきていたようだ。その割には、足取りが軽い。僕は半分登っただけで足が悲鳴を上げているのに。

自分の衰えっぷりにショックを受けながら、半ば意地になって残りの階段を登っていく。ふくらはぎの中に鉄球が入ったような違和感を覚えながら、無理やり4つ目の踊り場を越え、一気に頂上まで駆け上がった。

登り切った後は、息切れと脚の疲労感で座り込んでしまった。

階段を登った先に、大したものはなかった。右手にはグラウンドがあり、野球少年が練習をしていた。そのうちの一人が、怪訝そうに僕のことを見ていた。そして目の前には、どこへ続くかもわからない道が続いていた。左手の山にはうっそうと茂る森があり、のびてきた枝葉が太陽を遮っている。道の先は、緩やかなカーブになっているせいで見えなかった。

長年、勝手に期待していたけど、まぁこんなもんか……と、少しだけ落胆した。さらに先を散策しようかと思ったけど、あまり行き過ぎると帰るのがきつくなりそうなので、今回はやめておいた。

引き返そうと、震える脚に鞭打って立ち上がり、振り返る。

疲労が吹き飛ぶ……ほどではないけれど、しばらく見とれてしまうくらいのいい眺めだった。この町にはこんな表情もあるんだなと、新鮮な気分になった。老夫婦が立ち止まって景色を見ていた気持ちがよくわかる。

もう少し早く登って、この景色を知っておけばよかったなと思う。4年も暮らしているはずの町なのに、まだまだ知らないことばかりだ。買い物以外はほとんど引きこもっていたことを、少しだけ後悔した。

ひとしきり景色を堪能した後は、手すりを頼りにゆっくりと階段を降りた。普通に立つと足が震えて、生まれたての小鹿のようになってしまっていたからだ。

さっきの老夫婦の、スムーズに階段を降りる姿を思い出し、改めて恥ずかしくなった。30代前半でこの体力のなさはさすがにまずい。よりいっそう、筋トレに励むことを誓いつつ、ゆっくりと家に帰った。

翌日は、立ち上がるだけでふくらはぎに激痛が走る有様だった。見事な筋肉痛である。情けなさもここまでくると笑えてくる。

ただ、今回のちょっとした冒険で、少しだけ気持ちが上向いた気がする。筋肉痛が治ったら、もっと近所を散策してみようと思えたからだ。この町には、他にもどこに繋がるかわからない細い道や階段がある。今までは一瞥するだけで頭に残らなかった道が、今もいくつか頭に浮かんでいる。

家とスーパーと病院程度だった生活サイクルに、些細だけど新たな広がりが見えた出来事だった。

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