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2022年 事始め①

2021年の秋頃、ハイエースを買った。
岡山の田舎町で婦人洋服店を営む老夫婦がネットで販売していたものだ。
最初から故障ありきって感じの、1996年製の古くて錆だらけのヤツだったけど、時代に取り残されたようなバブル期のゴージャスな内装や180度回転するシート、それにサンルーフが4つもついていて、実車を見に行った時、子どもたちが喜ぶ姿が目に浮かんですぐ購入した。

それまで乗ってたのは「田舎で乗ってても悪目立ちしにくい」という理由で買ったトヨタのウィッシュだ。
ネガティブな動機で購入したからなのかどうか、ウィッシュはあまり愛せなかった。
子どもたちは車の中で食べ放題こぼし放題。
私もよく当てたし、まぁ道具として使えればいいでしょっていう割り切りが家族の一部になってることにもなんとなく違和感があって、ハイエースが納車された日には、家族みんなに

「新しい車の中は基本ノーフード。大切に乗りましょう」

と宣言した。

先日、年明け早々そのハイエースで、年始の挨拶を兼ねて大阪の実家へ行った。
夫は夜遅くまで大事な仕事がある日だったので、私と子ども達3人での日帰りだ。車内が広いおかげで、運転中も子どもたちは飽きずに動画を見たりおもちゃで遊んだりと楽しそうだった。

大阪の実家では食事をよばれ、父と面白かった映画の情報交換をし、おいしいチョコレートを食べて幸せな気分に浸り、束の間の休息を楽しんだ。

帰りは、寝かしつけながら帰宅するつもりだった。
子ども達をパジャマに着替えさせ毛布を被せ、車で寝る準備をしてから、両親にサヨナラをした。
と、別れ際に母が500mlのお茶のペットボトルを4本車内に置いてくれた。

「さっきの夕飯でみんなに注いだから1本はほとんど残ってないけど、3本あったら足りるやろ? 4本とも違う種類のお茶やよ」

その3本の中には息子(7歳)が大好きなそば茶のペットボトルもあり、息子はすぐに「俺のや!」と独り占めしていた。
母の優しさを感じつつ、ありがとうとお礼を言い、大阪を出たのだった。

大阪市内から離れるに連れて車の数は減ってくる。
はしゃいでいた子ども達が眠ると、途端に当たりは静かになった。夜はその時を待っていたかのように暗さを増し、橙色の三日月がポツンとただひとり輝いていた。

家までもう少しといったところで、突然

「あとどれくらいかかる?」

と息子が、体を前に乗り出して聞いてきた。
ハイエースは運転席と後部座席が離れているので、コックピットと客席のような隔たりがある。そのせいで、息子は体をグイと前に乗り出しているのだ。

「あと30分くらいかな。どうしたん?」
「おしっこしたいねん」

赤ちゃんと2歳の下の子を起こさないよう、ふたりともヒソヒソ声だ。

「サービスエリアまでまだ結構あるで。とりあえず前来たら?」
息子は離れた空間を乗り越えるように大きく足を広げて助手席にくると、身体を縮こめて座った。

「いや、もうトイレまで我慢できひんわ。漏れそう」
「ほならあのもらったペットボトルにしたら? 残りわずかなやつあったやんか」

そう言うと「探してくる」と、後ろへ行ってしまった。

ハンドルを握りながら、軽いペットボトルは車の後ろの方に転がっていってるかもな、と思った。





「どう? あった?」


しばらくして後ろに向かって声をかけると

「あー全部こぼれてしもてる」

と息子の声が聞こえた。
以前、2歳の娘が新しいペットボトルのお茶を開け、蓋を閉めないままその辺に置いてシートをビショビショにしたことがあったので、またか!と思い
「えー! マジで! こぼれてんの? 全部?」
と聞くと
「うん」
と息子の声。

後ろを見ようにも離れた運転席からは見れず、そもそもふたりの子どもは眠っているので電気のつけようもない。
ほなシートビショビショやんかとゲンナリしつつ、前を見て私は運転を続けた。

「残り少ない言うてたペットボトルは? 見つかったん?」
「いや、それはなくてお茶が入ってるやつしかなかってん」
「ほな入ってるやつ貸して」
お茶を飲み干して、ペットボトルを空っぽにしてやろうと思ったのだ。
息子は後ろから3/4ほど入ったそば茶のペットボトルを、グッと突き出してきた。

結構あるな。

そう思った。
ペットボトルの中身は、結構残っていた。
はよおしっこさせたらな、と喉を大きく広げて勢いよく、ゴクン! と飲んだ。


薄い塩気と匂ったことのある臭気。
その奥にかすかに感じるそば茶の香ばしさ。


ん? これ…


おしっこやん!!



え?
なんで?

困惑する私の横にまた大股でシートを乗り越え、息子がやって来た。

「この中に入ってんのっておしっこ?」
「いや、ほとんどこぼしてもうてん」
「何を?」
「おしっこを。初めの方はそこにうまく入ってんけど」
「え? じゃあ母ちゃん、おしっこ飲んだってこと?」

というわけで、2022年は息子のおしっこ飲むという珍事で始まったのだった。

(②につづく)





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