2022年 事始め②
突然のアクシデントに私は動転した。
「じゃあ、シートがおしっこでビショビショになったってこと?」
「うん。iPadと毛布にもちょっとかかったかも…」
「えー!!! ちょっと見てきて見てきて! 拭けるとこあったら、パジャマの袖でもなんでもいいから拭いてきてー!」
息子を後ろへ追いやると、ハンドルをぎゅっと握り前を向いた。
口の中には、なんとも言えず嫌な塩味が残っている。
シートがおしっこ臭くなったら嫌やわ〜と思う一方で、そば茶のペットボトルが視界に入るたび笑いが込み上げ、まるで他人事のようにクスクスと笑っていた。
その笑いも徐々に収まり、運転に集中して落ち着きを取り戻した頃だった。
「状況は分かったわ」
事件を検分した後の刑事のようなことを言いながら、息子が後部座席と運転席との間をまたも大きく股いで横にやって来た。
裸だった。
私は自分の目を疑った。
いや、どういう状況!?
「なんで裸なん! 一体何が分かったん!」
裸のくせに、真顔で大人びたセリフを言う息子に思わず吹き出した。
「ビショビショなんはな、俺のパジャマやってん。いっぱいこぼれたと思ったけど、俺のパジャマがビショビショなだけでシートは濡れてなかってん。iPadケースにちょっとかかってたくらい」
「ほんで全部脱いだん?」
「うん、そう」
「状況は分かった」って自分裸やん!と、私はしばらくハンドルに顔を埋めて笑い続けていた。
そしてハッと思った。
パンツは?
私の目線からは、運転席と助手席の間にある大きな肘置きが邪魔で、息子の下半身だけが見えない。
もし濡れたままのパンツを履いていたら風邪を引いてしまう。
息子を案じた私は慌てて聞いた。
「パンツは? 履いてる? 濡れてないの?」
すると息子は、ご安心ください、とでもいうように、私の目を見てこう言った。
「ビチョビチョのパンツ履いてるけど、足の濡れてない部分をケツにブッ刺して座ってるから、大丈夫やで(ニコッ)」
いや、この座り方の呼び方!!!!
私は声も出ないくらい笑った。
ハンドルをバンバンと叩きながら、苦しそうに笑い続ける私を、無垢な瞳で不思議そうに見つめていた息子は、釣られたようにヘラヘラッと口元に笑いを浮かべると、小さな声で言った。
「母ちゃん、俺、将来漫才師になるわ」
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帰宅し、息子を寝かしつけた後、ようやく私は気づいた。
息子の行動すべてが、「シートを汚さないように」という気遣いのもとに行われていたことを。
「大切に乗りましょう」と言った私を悲しませまいと裸になり、ケツにカカトをブッ刺して座っていたのだ。
その私がおしっこをこぼして悲しむどころかヒーヒー笑う姿を見て、息子は漫才師になると言ったのである。
この猛烈に真っ直ぐな愛に応えられるほどの、純粋な愛を私は持ち合わせているだろうか。
2022年は始まったばかりである。