デザイン教育と認知

非デザイン系学生が受講するデザイン教育は、認知の仕方を変えるという学びである。ある意味、認知行動療法と似ている。

非デザイン系学生とデザイン系学生は認知の仕方に違いがある。
①非デザイン系学生、特にIT系の学生は、客観的にAとBを比較して違い(エラー)を見つけ出す認知能力が高い。一方、常識的なものの見方に縛られがちで、皆が当たり前に受け入れているものごとを疑ったり、再考したりすること意識している人は少ない。外のものを認知するときに「自分」という視点を省いて考える癖がある。
②デザイン系学生は、他の人と自分の違いに執着している。デザイン教育では独創性を求められることが多い。そのため、学生は常に他者と違う考え方や見方を取り入れようとしている。何かをデザインしようとしたときには、まずそのものごとの前提について再考し、自分独自の視点(方針・コンセプト)を得る。つまり、既存の枠組みを疑う。これにより、本質的なものごとのデザインが可能になる。

例えを出して考える。
「新しいシャープペンシルを考えよ」というお題が出されたデザインワークショップを受講した、という状況を想定する。
①非デザイン系の学生は、「新しいシャープペンシルを考えよ」というお題に対して、まず今使っているシャープペンシルを見て、「握りにくい」「もっと軽いほうが良い」など使い勝手の改善点を出す。デザイン思考的な手法を用いる人は、観察したり他の人にインタビューしたりしてその他の改善点を出す。この発想の仕方で、既存のものよりは良いシャープペンシルを設計することは可能だ。しかし、短絡的な「エラーの排除」的な発想になってしまっており、人に新しい価値観をもたらすようなイノベーティブなアイデアは出にくい。
②デザイン系の学生は、「新しいシャープペンシルを考えよ」というお題に対して、まず今使っているシャープペンシルを見て、自分なら使いたいかというある意味 "自己中心的な" 視点で見て、「カタチがかっこ悪い」「色が今風じゃない」など見た目の改善点を出す。デザインを長く勉強した学生は、さらに、このシャープペンシルを使う人物像や場面を考えて「おしゃれなカフェで使いたくなるなら、こう」とか「工事現場のようなタフな場面で使うなら、こう」など具体的なシナリオを想定してものごとを設計できる。さらに発想力を磨いたデザイナーは、「シャープペンシルとは何か」「字を書くとはどういうことか」「人はなぜシャープペンシルを使うのか」について考え、これまでにないようなデザインのシャープペンシルを生み出すことができる。

スクリーンショット 2020-08-15 18.36.54

これらの例から考えて、優れたデザイナー・経験を積んだデザイナーはそうでない人よりも見えている「視野」が広いことがわかる。デザイン教育では、この「視野」を広げることが大事である。ただ、これはとても難しい。

私たちが実施しているデザイン教育では、やってみて、それを見直して、もっとこうすれば良いもの(イノベーティブなアイデア)ができたかもね?という気づきをもたらす構造になっている。ここでは「見直し」がポイントになっており、「やってみて→見直す」のループが短ければ短いほど気づきが早く、気付きが多くなる。ただ、多くなりすぎると気づきを忘れていってしまうため、適度に「やってみて→(失敗して)→見直す」のタイミングを調整する必要がある(あまり失敗の経験を多くしてしまうとモチベーションがなくなってしまうので注意が必要…)。これは学生の様子を見ながら、疲れすぎないタイミングで入れる必要がある。具体的には、学生から「今やっていることってどういうことですか?」「この方向性であってますか?」「このやり方は間違っている気がします」などのインタラプト(中断?)が入ったときにおこなうのが良いと思われる。(あまりコミュニケーションが活発でない学生は反応がわからないので、繰り返し質問したり雑談していくなかでタイミングを図っている。) 

認知行動療法

認知行動療法とは、「認知のゆがみ」を自覚してもらうことで気分を軽くしてストレスを改善する方法である。こちらのWebサイトを参考にすると、以下のプロセスで認知と行動を改善できる。

1.自分のストレスに気づき、問題を整理する。
2.自分の考え方(自動思考)が自分の感情や行動に、どのように影響しているのか調べる。具体的には、考えていることを紙に書き出し、それに対して出てくる感情や行動も書く。これにより、自分の認知のクセに気づく。
3.生活を振り返り、こころが軽くなる活動を増やす。
4.自動思考の内容と現実とのズレに注目し、自由な視点で現実にそった柔らかいものの見方に変える練習をする。
5.そのとき、あなたにとって何が大切かを考えてみると良い。
6.バランスよく考えられるようになってきたら、問題を解決する方法や、人間関係を改善する方法を練習して、今できることに取り組みましょう。

これと同じ構造をデザイン教育の中に見出すと、次のようになるでしょうか。

1.一度アイデアを出して自分の出すアイデアにおいて発想・視野が狭いことに気づき、問題を整理する。
2.自分の普段の考え方(自動思考)が自分の出す視野の狭いアイデアに、どのように影響しているのか調べる。具体的には、アイデアを紙に書き出し、それに対して(視野の広い人に聞いたりして)足りない視点を書く。これにより、自分の認知のクセに気づく。
3.普段の活動を振り返り、自分の視野を広げる活動を増やす。
4.自分の出すアイデアデザイナーの出すアイデアのズレに注目し、イノベーティブなアイデアになるように、自由な視点で広いものの見方に変える練習をする。
5.そのとき、デザインにとって何が大切かを考えてみると良い。
6.バランスよく考えられるようになってきたら、問題を解決する方法や、デザインする方法を練習して、今できることに取り組みましょう。

自分の視野の狭さに気づくことができれば、それが視野を広げるひとつのきっかけになるので、デザイン教育のなかでは「自分の視野の狭さ」に気づく仕組みが必要であるといえる。

たぶん。

2020-08-15

いいなと思ったら応援しよう!