
そういえば、2ヶ月が経っていた。
今日は朝のバスが混んでいる。バスはかなり揺れるので、どこかにつかまらずにはいられないが、どこも空いていない。と思ったら、アジア人女性(韓国か中国の方)が場所を空けてくれた。merciと小さな声でお礼を言うと彼女はそっと微笑んだ。
そのまま乗っていると、途中でベビーカーと小さな子ども2人を連れた黒人のお母さんが、「Pardon, pardon, pardon.」と言いながら乗車してきた。「Pardon 」は日本語の「すみません」にあたるが、この黒人のお母さんの「すみません」は日本で子どもを連れたお母さんたちが申し訳なさそうに「すみません」と言うのとはテンションが全く違う。「すみませんね」の「ね」をつけたくなるような感じで、堂々と周りを退ける。なんだかもはや頼もしく思えてくる。それでかつて見た、お尻で人を退けて座席を確保する大阪のおばさんのイメージ映像が想起された。ベビーカーに押し出されて、乗客のなかに波が生じる。その波に乗って、後部の方に移動する。
流れ着いた先で席が空いているのが見えた。その空席の隣に座っていたベレー帽のおじいさんに笑顔で手招きされる。このおじいさんは何度かバスで見かけていて、目が合って会釈したこともあった。やった。岸辺に上がれる。ありがとう、おじいさん。merciと言って席に座った。
学校では、今週からB1とB2はクラス合同で授業を受けている。人数が少ないからまとめてしまおうということらしいが、次の段階までどのくらい開きがあるのかを知ることができるので、B2のクラスの人たちと一緒になれたのはよかった。
B1:自立した言語使用者 – 敷居段階
身近なテーマについて、経験を語り、意見を述べることができる。自立の初期。
B2:自立した言語使用者 – 上級段階
流暢に理解でき、幅広いテーマについて、対話し議論するための詳細な論述をすることができる。
この1週間、B2の彼らと一緒に授業を受けてみて課題に感じたのは、やはり聞き取りと語彙だ。彼らは一文をより長く、滑らかに話すが、B2の人たちにとってもネイティブのフランス語は難しく、あまり聞き取れないらしい。
B2ともなれば、街を歩く人やラジオやテレビのネイティブのフランス語を1、2回聞いただけで完璧に理解して、整然と意見を述べることができるものなのだと思っていた。だいたい3ヶ月でレベルが一つ上がると聞いていたから、あと1ヶ月でそうなるだろうか、と焦っていたが、思っていたほどの差ではなさそうだ。
そういえば、昨日で2ヶ月が経っていた。9月にB1のクラスに入れられたとはいえ、実質はA2に毛が生えた程度だったから、B2の人たちと一緒に授業を受けられるようになっているだけいいのかもしれない。けれど、やはり周りの人達から遅れていると感じる時には不甲斐なく、悔しくなる。
他のクラスメイトに比べ、読むのも遅いし、読んでいる時はわかっていても、その記憶を保持しきれず、なんだっけ、と読み返すことも少なくない。それは文の構造が日本語のそれとは全く異なるからなのか、そもそもアルファベットの羅列に慣れていないからなのか、いや、そのどちらもなのだろう。
日本語では漢字をイメージするのが大事だ。
日本語は意味を伴った漢字、つまりは表意文字で視覚的にも理解し、記憶することができる。日本語を話すということは言葉を絵のように、風景のように、視覚的に理解することだと改めて気づいた。ひらがなの羅列は読みにくいことは言うまでもないが、もしそれに慣れて漢字を失ってしまったら、理解力もガクンと落ちるだろう。ひらがなのみしか使えなかったら、複雑なことは示しづらくもなるだろう。かつて漢字廃止論なるものがあったそうだが、制度として成立しなくて本当によかった。ひらがなのみや、ローマ字で表記された日本語の文章なんて、考えただけでげっそりする。

「寿司・握り・炙り・刺身」などがローマ字でそのまま書かれている。
ところで、「URAKAMI」って、なんでしょうね。
フランス語など、表音文字であるアルファベットは、文字列としてしか認識されない。語源を含めて理解していたらマシなのかもしれないが、語源を調べるところまで手が回らない。というか、以前に少し取り組んでみたこともあったが、辞書には「ラテン語の〇〇から」としか書かれていないものも多く、ラテン語の勉強をする気になれずに諦めた。
何度でも言うが、フランス語が厄介なのは書いたスペルと発音が必ずしも一致しないことだ。plusという語に関していえば、それがポジティブな意味を持つときにはsを発音して、ネガティブな意味を持つときには発音しない、なんてこともある。「ville」は「ヴィル」だが、「fille」は「フィーユ」など、「ll」2つのLが連なった時の発音は2種類あるが、その使い分けは不規則だ。統一せずとも、せめて、なんらかのルールを決めてほしいが、仕方がない。受け入れよ、わたし。
今日なんかは、交通税の値上げとそれに対するストライキについて、ネイティブのフランス人が解説している動画を見て問題に答えるという課題があったのだが、あまりのわからなさに少し泣きそうになった。5つ以上ある問題文を頭の隅に置いておきながら、5分間続けて喋り続けているのを聞き取って問題に答えなければならない。泣きはしなかったけれど、心のなかで「もう、わからん、わからん!」と叫んで、一人天井を仰いでいた。