生理と、私たちの選択
それは、小さい頃には知らなかったことだった。
女性は毎月、生理と向き合っている。
私が初潮を迎えたとき、体が大人になっていくことに心のもやつきを覚えた。それはおそらく、いい意味ではなく、悪い意味でもやもやしていたんだと思う。
今でもあの時のことを思い出すと、言葉には表せない複雑な気持ちになる。
あれから10年ほど経った今、生理が毎月訪れるのは当然のことになってしまったが、年齢を重ねるごとにひどくなる生理痛と毎月対峙している。
何度も病院にかかったことがあるが、子宮に異常があるわけではなかった。
私にとって、生理は「壁」だ。
生理と自分
小さい頃は、誰かのお母さんになることが私の幸せだと思っていた。
けれど、そういうことばっかじゃないのかも…と気づいたのは、高校生になってからのことだった。
さまざまな場所で女性の立場や権利について話し合われたり、疑問に対して立ち上がる女性がいるからこそ、女性という存在が抑制されにくくなった今、私は「自分の女性の体のつくりに抑制されたくない」と思うようになった。
やりたいことが沢山あるのに、「生理だから」という理由で、興味を諦めたくない。それらを諦めなければいけないほどに辛くて苦しい生理痛に立ち向かう理由が、今の私にはない。
最近、仕事が楽しくなってきた。
やっと自分が「本気でやってみたい。もっと勉強してみたい!」と思うことができたのに、生理が近くなると、生理のことばかり気になったり、異常な眠気や下腹部の鈍痛に襲われて本領を発揮できなくなることが一番辛い。
でも、それは自分の問題だから、自分がどうにかするしかない。
そして、問題を解決する糸口を見つけてくれる場所と方法があるということを示してくれたのは、婦人科の先生だった。
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周囲と生理
生理前と生理中の腹痛がひどくて病院に行った時、婦人科の先生は提案をしてくれた。
「低用量ピルの服用も視野に入れてみてください」
(こちらのクリニックで診察してもらったわけではありません。適切な記事だと思ったので掲載させていただきました)
先生に提案してもらった時、今すぐ処方してもらいたいと思った。
実際、友人が何人か服用していると聞いていて、彼女は「私、生理痛がひどかったんだけど、すっかり楽になった」と話していたから、前から興味はあったのだ。
もちろん自分の体のことだから、自分で処方してもらうか決めようと思っていたが、副作用があると聞いて少し縮こまってしまったのもあり、まずは母と相談してみようかな…と思ったので、低用量ピルの件は一旦家に持ち帰った。
我が家は、母と祖母と私の三人暮らしなので、食卓に三人揃った時に話をした。
母は「自分で管理できるならいいと思う」と言ってくれた。
一方、それを聞いていた祖母は猛反対だった。いや、あれはただの悪口だった。
「そんなもの飲んだら子どもができなくなる」だとか「生理がないってことは、女じゃなくなる」だとか、ここには書けないようなことまで言われた。(ちなみに「生理がないと女じゃない」なんてことは一切ありません)
生理のことを、誰かに理解してもらいたいわけではない。
ただ、私がしようとしている選択を認めることをしてほしかった。
さすがに私もそこまで言われて、黙ってはいられなかった。けれど、私が病院で説明されたことを言ったところで、理解してくれるような相手ではないと分かり、諦めた。
この一件があってから、祖母との会話が減った。
分からない人には、どう思われてもいい。
とにかく、私の苦しみは私が解放してあげなければならない。
生理に対する解釈
みんなは、生理に対してどう思っているのだろうか?
血が出るから、怖い?
生理って、痛い?
「今月も生理来てよかった」と思う女性もいる。
「もう来なくていいのに」と思う女性だっている。
さまざまな解釈がある中、大体は間違いではないからこそ、解釈を統一するのは難しい。
そんな中、共通して持ちたい認識は「自分のことは自分でコントロールする権利がある」ということだ。
生理痛をよくするために痛み止めを飲むこと。
低用量ピルを服用して、快適な生活を送ること。
なるべく快適な1週間を送れるように、自分に合ったナプキンを選ぶこと。
一つ一つの選択を認めれば、自分の選択にも自信が持てるはずだ。
そもそも、女性の間でも生理痛や生理の不快感に対しての認識は違うから、互いの気持ちを分かり合うっていうのは難しい。「あなたはこうなんだね」と頷けることが一番大切だと思う。
自分のことは自分にしかわからない。
一番わかっている自分が、自分を知らんぷりし続けると、いつか本当に壊れてしまう。
「私は、女性としてこう生きていくよ」
言いふらすことはなくとも、胸の奥底で堅い意思をもって生きていきたいと思う。