言い争いもするし、稼ぎも少ない。しかし、生理も含めた彼女の事情には人一倍の理解を示すパートナーと、結ばれて良いものか迷っていたのだ。
「絶対ここがおすすめだって!普通コンサルって胡散臭いやつらばっかだけど、ここの人は実績もあるし、あのボーキング博士のもとでも学んでたんだぜ?」
「まあ、俺もここまで来てキャンセルなんてしないけどさ。」
スーツ姿の若者二人が、ロックバンドのMVのようにまばゆく光る、高層ビルの入り口で話していた。
「あ、すいません、○○で予約してたものですけど。」
ビルの一階にある『相談所』。店の前にはセンスの良い看板がかかっている。
中に入ると、天然の皮を使った濃い茶色のソファが並ぶ応接室で、50代くらいの紳士が対応してくれる。
「ああ、いらっしゃい。今日は、転職の判断をしたいんだってね?」
「は、はい。こいつ、俺の知り合いなんですけど、独立するか転職するか、あるいは今の勤め先に残るか悩んでて。」
以前にも来たことのある若者は、幼少期から憧れたミュージシャンに会うかのようにたどたどしい。
「うん、事前資料を読ませてもらったよ。僕の中であらかた答えは出ているけれど、最終確認のために、彼にいくつか質問して、その後で僕なりの助言をさせてもらおう。」
初老の男は、新規の客を意識してか、丁寧な説明する。
深いソファに腰を下ろし、軽い質疑応答が終わった。
「それじゃあ、僕が事前に出した答えと今の話をもとに、助言の推敲をしてもいいかな?10分、ここで待っていてくれ。」
そう言うと、男は応接室の奥に入っていった。
「おい、あのおっさん凄くないか?話の理解も早いし、なにより俺の悩みの最大の原因を、ピンポイントで刺してきたぞ。」
待ってる間にこのような驚きを漏らすのは、相談所の新規客が行うルーティーンのようなものだ。それだけ彼は賢い。
「あ、それで、こいつは結局どうするべきでしょうか?」
彼が応接室に戻って来るや否や、同伴者の方が前のめりで尋ねる。まだ立ったままだ。
彼は、非常にロジカルに、かつ表情筋からつま先までをフル活用して情緒的に、『助言』を与えた。
「ほんっとうにありがとうございます!なにせ、結婚なんていう一大イベントなので、誰かにちゃんと相談したくて。」
トレンドをやや落ち着かせたメイクをした女性が、ソファで胸を撫でおろしている。
たまに言い争いになるし、稼ぎも少ない。しかし、生理も含めた彼女の事情には人一倍の理解を示すパートナーと、結ばれて良いものか迷っていたのだ。
「いやあ、助かりました。それもこれも私達がもっと裕福なら、娘にも自由にさせてあげられたんですけど。なかなかそうもいかないので。でも、今回の助言をもらえて、なんとかなりそうです。」
大柄で寡黙な夫と、若いのにリーダーシップのある妻とが、小学校に入る子供の習い事で悩んでいた。
初老の男は、その後もずっと、誰かの悩みを解いてきた。長い年月が経ち、膨大な数の顧客が彼に感謝をしてきたが、誰も応接室の奥を知らなかった。
「ふう、今日は久しぶりの休みだな。」
彼は、『奥の部屋』で一人休んでいた。実を言うと彼は、既に有り余る資産を築き、脳が溢れてしまう程の感謝も受け取っていた。
早い話が、相談業を続けるか悩んでいたのだ。
すると彼は、取り立てたきっかけも無しに目の前のテーブルに手を伸ばした。
「カラ、カラン。」
という音を鳴らす。深皿を覗き込み『出た目』を確認すると、腰を動かした。
彼は応接室を通過し外へ出て、看板を処分した。