自分が気付かない心の状態を、代わりにキャッチして、伝えてくれる人がいること
子供の頃から自分の夕飯を作ることもあったし、お米を研ぐことも、茶碗洗も出来ていた。服も自分のセンスで選んでいたし、経済的にも自立していたから一人暮らしで不便はなく、むしろ完璧で楽しいだろうと思っていた。
しかし、日常業務を熟す能力があることが、一人暮らしができる能力を持っていることと異なると知る。
なぜそんな当たり前なことに気づかなかったのだろう。
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エスカレーターを降りたとき、
「ちょっと待って」
と話しかけられた。振り返ると、後ろから来たのは細マッチョのイケメだったから、「よし」と思ったのは束の間で、
「クリーニングのタグ、付いてますよ」
と注意された。
家族と暮らしているときは、ストッキングの伝線や小さなシミなどですら誰かが声をかけてくれた。ましてクリーニングのタグを付けて歩くなんてあり得なかったから、自分の不甲斐なさを思い知った。
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少しだるいなぁと思ったが出社する。案の定、39度の熱で急性胃腸炎だった。
自分一人だと「不調」と気づいても対処にまで気が回らない。
帰りたいとも言えず、何度も意識朦朧としながら何とか定時まで過ごした。
一人暮らしでなければ「休んだら?」を伝えてくれ、きっと直ちに休暇をもらっただろう。
…
仕事で理不尽なことを言われる。しんどくて、身なりに気が行き届かず、ミニスカートで出社してしまった。
そしてまた陰口を叩かれる。
恋人と暮らしていたときは、「りりい、今日の格好、違うよ。」と教えてくれていた。
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人が社会で常に適切な行動を取るには、外部からの刺激が必要。そして、その刺激は、嫌味や皮肉が入らず、相手への思いやりがあってこそ、正しくなる。
家族や恋人と暮らしていたときは、うまく回っていた。心のちょっとした不調や疲労から、乱れた身だしなみや体調不良を指摘し、対処案を提案してくれていたのだ。
誰かといたときは、誰かの優しさによって自分が完成していることに気付かなかった。
一人暮らしになり、完成ができていないことを思い知った。
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ちょっとした乱れは、心の疲労が原因で、心が疲れているから乱れに気づけない。気付かなければならない乱れに気付かないからもっと悪くなる。
もっと悪くなるから動けなくなったり、誹謗中傷を受けてやっと気づく。
やっと気づいたときには、疲労困憊で改善して頑張るではなく、休暇を取らざるを得ない。一歩遅いのだ。
更に、休暇を取るために周りに詫びてまた疲れる。
いつも思いやりや優しさを注いでくれる家族や恋人の温かさにようやく気付いた。
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会社で程よい柔軟剤の香りや、シワのないシャツの男性を見ると、あなたの活躍は奥さんのそのお手入れのおかげなんだよ、ってそっと思う。
もちろん、一人暮らしは悪くないし、家族や恋人も適度な距離感が必要。
ただそれでも暮らしの中に誰かがいることは、有り難い。なぜなら自分の心の声を代わりにキャッチして、対処してくれるのだから。
いつもありがとう。
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素敵な企画をありがとうございます。