退職の練習㊳美術教師、短歌を贈られる
来週の5月24日に短歌の教室に行ってみたいと思っている。
去年、本校の卒業式の黒板アートがとても素敵だったので友人知人に紹介したら、友人がその友人を連れてきて作品を見てくださったのだが、その感想を、歌で返してくれた。それが、とても素敵だと思ったのだ。
本校の卒業式の黒板アートは美術部の担当で、保護者控え室の黒板に描くものだが、卒業式って言うと、桜?そして「卒業おめでとう!」と言う文字に代表される陳腐な作品となっていた。生徒らしい、はやりの歌の歌詞が書かれることも有ったが、それが保護者の胸にどう響いたかまではわからない。ある時、美術大学を受験したいという2年生が描いた、桜の木の黒板アートがちょっとだけ、話題になった。
「あの部屋の黒板アートよかったですよねえ~」といろいろな同僚に言われた。確かに。黒板アートという仕事を、あそこまで真剣に描いた美術部員は今まで、いなかった。
じゃ、もっと、本気でみんなが描いたらどうなるんだろう?
美術部じゃなくても描きたいとか興味がありそうな子に声をかけた。
そうやって、少しずつ、本気度が高くなっていた、うちの高校の卒業式の黒板アート。去年の3月の黒板アートから、がらりと変わった。
共通テストが終わって、美大志望の2次対策に挑む生徒を美術準備室に集めて、デッサンを描かせる毎日。
その中の一人の女の子が、こう言った。
「自分のクラスの黒板アートは私が描きたい!
自分の親に、私の絵を見せたいです!」
卒業生の保護者控え室の黒板アートを描くのは下級生と決まっていたのである。それに、彼らは、受験戦争の真っただ中。受験生にそんな負担をかけようとは誰も考えないに違いない。
しかし。
美大志望である。いいではないか!
受験のデッサンの合間に、アイデアを練っても!
1クラスがそれで埋まったとしても他のクラスはどうなるのか?
美術選択は1年生しかないので、1年生の時、かなり、できるヤツで、しかも、推薦で受験が終わっている人、または美術系の受験生と、6クラスすべてのデザイナーを探してみると、なぜか、6クラスすべて担当者が決まった。なんだか、うまくいきそう。どきどきするけど。
しかも、美術系志望者だとしても、受験は2月の25日、26日であり、その後の27日28日、ぐらいしか、製作時間はない。
受験の移動、卒業式の予行、と大して製作時間は無いのである。
美術部員が全面バックアップするとして、早めに製作できるところは部活動でどしどし進め、受験から帰ってから作るしかないところは、それに任せる。なんてスリルとサスペンスに満ちているんでございましょう💛
しかも、在校生も、コロナ禍で分散登校。希望者だけを毎日出校させて手伝わせているのであった。誰だって、家に居て休みたいよね?
私もホントはそうです笑。
つくづく美術教師は思う。自分で描いたら、一瞬で終わるけど、それでは、ドラマは生まれない。描けるかどうかわからない、生徒が描くから、そこにドラマが生まれるのだと。人が描くのをじっと見守っている係なのだ。
自分で、鬼滅の刃を描いて、卒業の黒板アートを描いている美術教師がテレビに映っていたが、そんな簡単なこと、やってるようじゃ、まだまだ甘い!と大概の美術教師は思っているはず。自分が主役になってどうする?
案の定、予行の後、大概の準備はすぐ終わって、みんなが、早々に帰っていったが、黒板アートの部屋は、そんな簡単には終わらねーよ笑
みんなのすったもんだがあって、終わったのは19時近くだった。
明日は卒業式。
美術室に後始末に行くその暗い廊下で、2年生の美術部の部長が
「描くから絵を好きになるんでしょうか?
絵を好きだから描くんでしょうか?」
と不思議な質問をする。それはこの切羽詰まった瞬間の学校が閉まる10分前じゃないと出てこない質問だと思った。
私の答えは、
「両方じゃね?」
というなんとも適当に見えて、そうでもないマジメなもの。
(その問いが、君、そのもの、でしょ)
2年生の部長は誰よりも絵を描いていて、誰よりもデッサン力があり、誰よりもこの作業を楽しんでいた。彼女と同じぐらいの絵の実力があり、いつも2人セットのようにいる副部長。2人は良き友人であり、良きライバルである。2人は互いの右腕らしい。(サチの右腕、夏美の右腕、と、体育祭のTシャツに書いてあった)
そんな心強い手伝いがあって、卒業式に、すべてのクラスの黒板アートが完成した。いや、ほんとうは、当日の朝まで描いている部屋があった。
そんな、消すのが惜しい作品を友人知人のラインに送ったのだ。
放課後に籠城したる風たちが黒板アートの中で戦げり
儚さと永久がいっしゅん交差する白いチョークの描線である
水底に夢のかけらを遊ばせて黒板アートの海の深さは
もう君は遠い目をして未来へと踏み出している卒業の朝
黒板アートに、短歌で返された。自分たちのやったことが短歌の中に封じ込められて、それぞれ過ごした時間のシーンが蘇ってくる。
絵って凄いけど、短歌って、また凄い。
芸術に芸術で返されるって、なんて素敵な贈り物だろう。
その歌を詠んでくれたえりりんに短歌を教わってみたいと、その時に決めた。