読書感想文「傲慢と善良」
読書会の課題図書の一つ。「傲慢と善良」辻村深月 著。
(この小説を読みたいと思っている人には少しネタバレ注意です)
この本を読む前から「高慢と偏見」のもじりなんだろうなと思っていた。この「高慢と偏見」については、大学の授業で取り上げられたいたという記憶と、後年、映画で観た記憶がかすかに残っているが、どういう物語だったか、初めに思い出してみよう。
18世紀末から19世紀初頭のイギリスの片田舎を舞台として、女性の結婚事情と、誤解と偏見から起こる恋のすれ違いを描いた恋愛小説。精緻を極めた人物描写と軽妙なストーリー展開により、オースティン作品の傑作とされる。(ネットより)
あらすじを読んで思い出した。
良い家系の男の高慢と、男より格下の家に生まれた知的な女性主人公の偏見が、2人の恋愛模様にあれこれとすれ違いを起こさせるが、全て解決してめでたしめでたし。(ざっくりしすぎw)
「傲慢と善良」を、「高慢と偏見」に乗っ取ってみると、モテる男の傲慢と、世間知らずの女の善良と言えなくもない。
モテる男、架の婚約者が、失踪した。
架は、彼女がストーカーされていたらしいことから、彼女を救い出そうと、調査を始める。彼女が婚活で会っていた男たちとコンタクトをとろうとするのだ。
「傲慢と善良」
三分の一を読み進めた時に、小説のタイトルにもなっている、この言葉が、色々な家庭の縁を取り持つ名家の奥様から出てきたのが、ちょっとぎょっとする。それは無料ではなく、有料の「縁結び 小野里」という結婚紹介所のようなところである。
「イギリスのジェーン・オースティンという作家の小説なんですが、あれを読むと、18世紀から19世紀初頭のイギリスの田舎での結婚事情というのがよくわかるんです。恋愛小説の名作と言われていますが、恋愛の先に結婚が必ず結びついて考えられているので、私は`究極の結婚小説‘と言ってもいいのではないかと思っています。」
突然、帰り際に、小説の話をされて、とまどう架。
彼女のセリフだけそのまま抜き出してみる。
「当時は恋愛するのにも身分が大きく関係していました。身分の高い男性がプライドを捨てられなかったり、けれど、女性の側にも相手への偏見があったり、それぞれの中にある高慢と偏見のせいで、恋愛や結婚がなかなかうまくいかない。英語だと高慢は、つまりプライドということになりますね」
「はい」
「対して、現代の結婚がうまくいかない理由は、「傲慢さと善良さ」にあるような気がするんです」
「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、1人1人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、自分がない、ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なんだと思います」
この小説の中で、ここが一番ドキドキしたかもしれないと思う。あらゆる結婚を世話してきた遣りてババア(失礼します!)がそう言うのだ。
実に的確ではないか。
この小説はミステリーか恋愛小説か?
2転3転するのだが、自分の心に残った正直な一言は。
「うわっ、令和の恋愛、メンドクセー!」
というものだった。それは、この小説に出てくる恋愛が、2人の婚活というところから出発しているものだったからだ。
就活はあって、当然だろうと思うけれど、それが、婚活とか妊活とか言われた途端に、萎えるものはないだろうか?
ナントカ活と恋愛は、もっとも隔たったところに存在する。
なぜなら、ナントカ活は、理性で脳みそが考えること。
恋愛は、突然、起こって、溺れてしまうことだと思うからだ。
傲慢と善良には、そういう、婚活の嫌らしさがある言葉だなと思った。だから、令和の恋愛、メンドクセーと私は素直に思った。
それこそ、芸術は何の役に立つのか?という言葉同様に、この婚活は私にとって相応しい相手なのかと思った途端に、つまらないものになる。
どんなにつまらない取り柄のない相手であろうと、好きになるのが恋愛だからだ。
この小説の面白さや、この後展開していく物語は嫌いじゃない。
でも、もし、この小説が現代を映しているものだとしたら、今の若い人たちって、ホント大変!と同情を禁じ得ない。
自分の運命の相手を婚活アプリに譲渡した途端に、傲慢と善良が始まるのであれば。
なんでも損得ずくで考えずに、行き当たりばったりで、運命に身をゆだねてみることを若い人たちにはオススメしたい。
なにしろ、この世の中の、5%は目に見える世界で、95%は目に見えない。最近、特に、この目に見えない世界に積極的に足を踏み入れたいと思っている自分には、ちょっと、運命に身を委ねて見なよといいたい。
ほら、目に見えない世界の、ご先祖さまとか神様が、勝手にいい伴侶を選んでくれてるかもしれないから。あなたが年収や見た目を計っている間に。
自分の力でなんでもやろうとせずに、直観で、道を進んでいい気がします。
特に、東京の人たちは、えふりこき(気取り屋)だから、大変なのかもしれないですね。
「おめんど、なにしちゅーのよ?」
と津軽人は、時々、思っています。一度、今ブレイク中の王林が、テレビでそんなことを言っていて、ウケました(⋈◍>◡<◍)。✧♡。
これ、読書感想文になっているでしょうか?笑