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『Karma Police』が与える慰め――理不尽さと自由の間で

私は時折、レディオヘッドの『Karma Police』に慰められます。

私が「Karma Police」を聴き始めたのは、大学時代。思えば、日常の理不尽さや、自分の思い通りにならないことが増え、次第に世界に対する不満が少しずつ募っていった時期だったと思います。

当時は、「Karma Police」と言う架空の存在の持つ厭世的な雰囲気に憧憬のようなものを持っていた気がします。また、曲自体も、好き嫌いが分かれるような曲調ですよね。この曲を聴いている自分に酔っていた部分も多少ある気がします。

マイナーコードから始まるのに、途中で明るい兆しの見える音に変化し、また不安定な部分に戻っていく。音の種類もどんどん増えてきて、不安が広がっているのか、それとも、もっと違った高揚感が広がっているのか。

特に感動的なのが終盤の「For a minute there, I lost myself…」の部分です。この繰り返しの中で、サウンド全体が盛り上がりながら次第に重厚な音に包まれていき、コード進行もさらに壮大に響きます。

世の中の理不尽さを慰めてくれる存在としての「Karma Police」

私が初めて「理不尽さ」を痛感し始めたのは、やはり大学生の頃だったと思います。

高校生までの私は、ある程度「こうすればこうなる」という自己信頼の中で物事を進められていたし、大人の守りもあって、世間の嫌な部分からは守られて生活していたんだな、と今となっては強く感じます。

けれど、社会との接点が増えると、理不尽なことも避けられなくなりました。社会の中で年上の人と関わることが増え、自分を利用しようとする人に会うことも増えましたし、大人が自分が思っていたよりずっと余裕のない存在であることに気付かされることが増えました。

そんな、どうしようもない無力感に襲われることも多くなった頃に出会ったのが、この曲。Karma Policeの歌詞のように「この感情がいつか誰かに裁かれるべきだ」と願う気持ちに助けられていたのかもしれません。

特に冒頭の歌詞、「Karma Police arrest this man…」から始まる、自分にとって受け入れ難いものに正義の鉄槌を下してくれと願う歌詞と、不安と安定の間を行ったり来たりするメロディーと共に弱い立場にいる自分に強く共鳴していました。

大人になって見えてきた「Karma Police」の新たな側面

社会人として多くの経験を積んだ今、この曲に対する感じ方も大きく変化しました。以前は理不尽な世界に対する怒りや無力感を投影していましたが、現在はその中に自己反省や内省の要素を見出すようになりました。

社会で生活をしていくうちに、社会には自分の理解できないことがかなり多いということに気付かされました。理解できないことに苛立ちを感じることもありますが、それらを悪として取り締まってくれと願うことは、自由な自分を奪うのと同義のように感じます。

この考えは、ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する思想警察を思い出します。思想警察は個人の自由や思考を監視・抑圧する存在であり、理不尽さを取り締まる一方で、個人の自由を侵害しているという矛盾を孕んでいます。

冒頭の「Karma Police arrest this man...」での不安と安定を行き来するメロディは、まさにこのような矛盾を反映しているように感じます。社会の理不尽さに対して正義の鉄槌を下してほしいという願いと、それが実現された場合に失われる自由との間で揺れる感情とリンクしているように感じるのです。

また、「For a minute there, I lost myself...」というフレーズは、かつては、なぜ自分がKarma Policeに追われる立場になっているのかを理解できずにいるものだと、歌詞の流れから単純に考えていました。

しかし今では、自分を見失うことへの恐れの感情が強く出ているのではないかと考えるようになりました。人間誰しもが持つ弱さや過ちを認める瞬間を示していると感じます。

最後に畳みかけられるように繰り返される「I lost myself」が、「自分が理解できないことへのフラストレーション」と「Karma Policeを望めないことへのカタルシス」を描いているように思えてならないのです。

そんな複雑な想いを、どんどん盛り上がる曲調と、解放されるようなサウンドで昇華してくれているのではないでしょうか。

「Karma Police」を聴くたびに、かつての自分と今の自分が静かに対話を始めるような気がします。理不尽さに苛立ち、正義を求めていた若き日の自分。そして、矛盾や不完全さを受け入れ、内なる葛藤と共に生きる今の自分。いろんな消化しきれず抱えた感情を慰めてくれるのです。

今日も「Karma Police」は、理不尽さと自由のはざまで揺れる私の心に、寄り添ってくれています。


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