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当時の日記より138@2010 9/1
新しくなった入院棟の廊下から建設中のスカイツリーがよく見える。ぼんやり眺めていたら看護師に呼び止められた。
「卯月さんが限界にきているって前のチームから聞かされたの。4年でしょ、私もこれ以上ひとり介護は無理だと思う。介護サービスで人の手を借りるとかして。姫(母)のことだからショートステイとか嫌がるかも知れないけど、こっちでも説得するから。もう卯月さん見てられない」
病棟が新しくなり看護体制も一新。現在姫が入院するフロアで知っている看護師は一人だけ。あとは違う科の所属になったりバラバラに。4年間で築いてきた看護師チームとの関係もまた一からやり直しかと思うとうんざりする。あのめんどくさい姫の性格を理解してもらうには時間がかかるから。
知っている顔が一人しか居なくなったという環境の変化は今の姫にも大いに影響するだろう。なんか認知が一気に進みそうで怖い。
病室に入ると案の定、不機嫌な様子。昨夜電話の時に
「買ってきてくれたパンが美味しかったから半分は明日の朝食べるわ。副作用で病院の食事が一切食べられないから」
また副作用のせいか、と思いつつも聞き流した。
「パン美味しくて良かった」
と声をかけると
「ここの食事が食べられないから仕方なく食べただけで美味しかった訳じゃないわよっ」
えぇぇ言ってること真逆だけど。
「スタッフが心配してお嬢さん何か買ってきてくれるのって聞くから、いいえ何もって答えておいたわっ」
「病院のご飯は食べられない。私が買ってきた物にも片っ端から文句。もう点滴でも打ってもらってよ、私にはどうすることも出来ないから」
「退院すれば食べられるから平気よ」
「ねぇ、いつも私がどれだけ大変な思いして献立考えてるか知ってるよね。何出したって食べないじゃない。それがなんで退院したら平気だって言えるの?根拠は?!」
「ご飯食べられるようになったもん」
「そうやって嘘つくのもイヤなんだよ。じゃ明日から毎日おにぎり買ってくる」
「おにぎりは食べられないわ。お赤飯か混ぜご飯じゃないと」
「だったらご飯食べられるようになったことにはならないよ!」
「同じもの毎日食べるなんてイヤなのよ、それくらい考えなさいよ」
病院の近くにスーパーがある。最近はそこで買い物をしてから病室に行くのだが、荷物をチェックしながらお菓子が入っていないと文句を言い出した。
「お願いだからお菓子でお腹いっぱいにしないでよ、子供じゃないんだから。お菓子食べられるなら食事だって出来るでしょ」
「何言ってるの?世の中の人は全員ご飯は食べたくなくてもお菓子は好きに決まってるじゃないのっ!」
主張がどんどん幼稚になっていく。
「意味わかんない。そんなの屁理屈だよ。そこまで言うなら地下のコンビニ行ってくる」
せんべい、クッキー、飴。これまでは売ってなかった干しいも。これは姫の大好物だからこれで黙らせられる。すると今度は
「干しいも?!病院の売店は高いのよ。こんなものこそスーパーで買ってきなさいよ。卯月本当にお金の使い方を知らないわよね!そういうところがダメなのよ」
お前に言われたくない。スーパーにあったら買ってるよ!頭にきたので一緒に買った女性週刊誌を見て気を紛らす。白鳥晴彦氏が自身について語っている記事に目を奪われた。『うつになっても介護出来るのは親が嫌いだから。頑張ればなんとかなると思っていた。でも実際は千倍も大変。雑事で一日が終わる。見通しは全く立たない。いつまで続くのかと絶望した。感情が入らないからできる。しょうがなく面倒をみる。嫌いなものを終わらせるため。葬式まで面倒をみたとなれば終わらせられる。せずにしこりが残ったら気持ち悪いから』と。
この言葉は私の思いの全てを代弁している。そう、私も終わりにしたいからやってるだけなのだ。