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当時の日記より171@2010 11/24

昨夜暇を持て余した姫(母)から電話。

「ねぇ、荷物の中に入ってた柿のことなんだけど、ああいうのもう買わないでね」

また柿かよ...。

「柿まで食べられなくなったんだ。それは残念。柿ならなんでも好きだ、柿だけ持っていけばいいって言ってたのにね」

「卯月に話すとそういう減らず口叩かれるから絶対に黙ってようと思ったのに」

「話してるじゃん。それ、家で美味しいって食べてたのと同じ柿だよ」

「その時からずっと不味いと思いながら食べてたんだもの」

「分かった、もう柿は買わないよ」

「どうしてよっ私は柿が大好きだって言ってるじゃないの!!」

「私はどうすれば?」

「私はねっ岐阜県産の富有柿と山形県産の平田柿が好きなのよっ」

「は?産地まで指定する気?冗談じゃない。文句言わずに食べてよ。そこまで面倒なんか見られない」

以下延々と続く柿バトル。くだらない。

頼まれていたサンダルと飲み物とティッシュを持参し、途中でパン買って惣菜買って、菓子買って、産地不明の富有柿買ってへろへろで病院着。(いいか、お前は何があっても岐阜県産だ!と柿に念ずる)イケメンからカンファレンスに呼ばれた。

退院期間の後半、じわじわと咳が増えたと報告すると「抜いても早ければ1週間で元通りになる患者がいる。胸水がハイペースで溜まってきていることの咳でしょう」と。

腫瘍マーカーの値をグラフ化されたものを見た。昨年アリムタを投与していた時からのものを。わずかながら右上がりしていきアリムタ中止。別の抗がん剤に変わったらとんでもない数値に跳ね上がり、今回のアリムタ再開で急下降。

「基本的に一度効果なしと判断された抗がん剤に戻らないのが一般的。だから比較するデータがないんです。どうしてここまで効き出しているのか、正直分かりません」

出たっ分かりません!!私はこの病院で何人からこの言葉を聞いたことだろう。イケメンの前の担当医(女医)から「どうして存命なのか分かりません」師長から「分かんない。どういうわけだか良くなってきてる」主治医から「うーん...僕もう分かんないです」

何だろう姫の生命力。

茫然と廊下を歩いていたら元担当医にばったり。ここは女性同士、わーわー騒いで再会を喜ぶ。

「ねぇこの間病室行ってお喋りしたきたけど『私は8Fに入りたいのに卯月がどうせもうすぐ死ぬんだから15Fにしておきなさいよって言って私を個室に閉じ込めたのよ。ひどい娘でしょう。だって私8Fが空いてることなんて知ってるのよ』とか、色んな人を色んな妄想で悪く言う認知症でも一番厄介なパターンに進んでいってるの。妄想を語る時はね、人相が変わるのよ。それは脳転移した人の特徴でもあるんだけど、姫は明らかにそれ。私みたいな他人にさえああなんだから、卯月さんに対しては相当な状態なんだと思う。ねぇ、大丈夫?!」

さすが女性は観察眼が鋭い。ごめんね、そんなあなたも姫の妄想が原因で担当医を外されたのです...。

病室へ戻ると姫が

「お金が無いから次の入院では絶対に8Fに入れてくださいって頼まなきゃ」

としつこい。

「そうだね、そうすれば?でもあの患者さんと同じ部屋になるかもね。今日も検査室で鉢合わせして嫌味言われたって言ってたよね。どうするの?同じ部屋になったら」

「平気よ。話さなければいいだけのことじゃないの」

「そんなこと出来るんだ」

「出来るわよ、バカにしないでよ」

「話しかけられても答えないんだ」

「その時は返事をするわよ」

「それは話をしていることになるよ」

無視。出たっ無視!!

帰りにナースステーションで看護師さんたちとお喋りしていると

「あ、今日の申し送りの時にね、姫の言動が怪しくなってきたから注意するようにって。細かいことでも師長に報告することになったよ」

元担当医、私を心配してすぐにフロア全体に伝えてくれたらしい。感謝。

病院を出て歩いていると耳管開放症が起きた。ストレスが満タンになると起こる症状で、ものすごく気持ちが悪い。耳から自分の呼吸音がずっと聞こえ続ける不快さ。私は結構ギリギリの線で踏ん張っている。

辛い。


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