合言葉

「焦りこそ最大のトラップ」

この言葉は、劇場版名探偵コナン『ハロウィンの花嫁』で描かれる、松田陣平という刑事の言葉。（2016年公開の『純黒の悪夢』でも描かれた、痺れるワンシーン）

扁桃炎に加えて声帯炎と胃腸炎のトリプルコンボからほぼ回復した今月初旬。油断した隙のぶり返しを危惧して、大型連休の間、私と彼は歴代の劇場版名探偵コナンシリーズを一緒に観漁っていた。

仲良くなったきっかけが、「名探偵コナンが好き」という共通点だった私たち。

数年の月日を共に過ごしてきて、寧ろコナンが唯一の共通点で、他はありとあらゆる好みやらが正反対なことを知っている私たちにとって、この過ごし方は必然だった。

そんなコナン尽くしの連休で、何故かふたりとも強烈に記憶に刻まれたのが、あの台詞。脳内を何度も反芻して響き渡っているのに心地よかったのは、彼も同じだったのだろう。

SNS上のキラキラしたものと比較して、掠れた声で「あれもこれもしなきゃ」と気持ちが逸る私が、そわそわしていると、彼は悪戯をする前の子どものように、口角をじんわりと持ち上げ、したり顔であの台詞を言う。

鼻先がつんと少し伸びたような表情の余韻が残る彼を見ていると、何故だか可笑しくなって、気づけば気持ちが緩んでいた。

それからというもの、互いの気持ちが地団駄を踏んでいる時、あの台詞を掛け合う。その瞬間の私たちは、2人だけの秘密の合言葉で会話する小学生のような、あらゆる角度の光が反射する眼をしている気がする。

そして正反対な彼との合言葉を手に入れた大型連休が終わり、私の身体も本調子になった頃、体調を崩す前日の贈り物を思い出した。