クレープ・シュゼット@Le Taillevent Paris Innovation Food News From Paris 2024/05/23
今週のひとこと
新編集長、柴田泉さんの指揮下、7月6日発売8月号『料理王国』にて、『パリ・クラシック殿堂の今』という特集を担当させていただきました。取材先を協議の末、『ル・タイユヴァン』と『ル・ムーリス』に。全14ページとなりましたので、ぜひ機会があれば、手に取っていただけますと嬉しく思います。
現在『ル・タイユヴァン』でシェフを務めているジュリアーノ・スペランディーオとは昔からの知己でした。パリ17区の庶民的な界隈でミシュラン・ガイドの格付け2つ星までも獲得した『ビガラード』。2007年にオープンした店でしたが、才気走った独創的な料理を次々に生み出したシェフのクリストフ・プレをジュリアーノはセカンドとして支えていたのでした。
そのクリストフの腕が、ルクセンブルク大公国のプリンス・ロベールの目に留まった。プリンス・ロベールがオープンすることに決めていたパリのレストラン『ラ・クラランス』のシェフとして抜擢された時、クリストフはやはりジュリアーノをセカンドシェフに指名しました。そして、ミシュランの2つ星を共に獲得した。因みにプリンス・ロベールは『シャトー・オー・ブリアン』などを所有するドメーヌ・クラランス・ディロンの現社長。『ラ・クラランス』のワインリストは一見の価値がありますし、館内にあるワインショップも厳選されたセレクトながら、価格帯もお手頃なものからあって、プロの間でも評判です。
こうした背景で、腕を鍛え上げたジュリアーノに、フランス料理の殿堂である『ル・タイユヴァン』から声がかかったのは、ある意味自然な流れでもあったと思います。
創業1946年の『ル・タイユヴァン』は、2代目オーナーの故ジャン=クロード・ヴリナ氏の威厳が今も感じられる店です。3つ星を獲得したのが1973年で34年間、その威信を守り続けていました。2007年に1つ星を失って、2008年、失意のうちに逝去されたのは、私自身も心が痛みました。
20年も前に、『料理王国』でミシュランの3つ星シェフたちを紹介する連載をさせていただいていたことがありましたが、ヴリナ氏のインタビューでの出来事も、いまだに鮮明に記憶に残っています。
眼鏡の向こうから見つめる眼光が鋭かったこと。そして、取材後タクシーに乗り込んだのですが、車が通りの先を曲がる時に振り返って見ると、ヴリナ氏が変わらず店の軒先にいて、ずっとこちらに頭を下げて、見送ってくださっていたということ。ラムネ通りのこの店の前を通ると、いつも彼の姿が蘇ります。
オーナーとして店を守ることとはどういうことか、丁寧な仕事とはなんたるか、など、今になって初めて、その偉大さが痛いほどわかる。ヴリナ氏は亡くなっても、いまだにたくさんのことを教えてくださっているのだと思うと、彼の存在と、出逢いを下さった多くの人々に感謝の言葉しかありません。
ジュリアーノがこの伝説的な店のシェフに抜擢されたのは、自然の流れと言いましたが、ある意味画期的なことだったと思います。2011年にオーナーとなったガルディニエ兄弟が舵取りをする中、ジュリアーノの就任時、インテリアにもリニューアルを図ったことからも、彼へ期待していることは明らかでした。
そもそもクラシックフレンチの殿堂とも言える『ル・タイユヴァン』。イタリア人がシェフとして就任したというのは前代未聞だと思います。この人選に関して、もしもヴリナ氏が存命だったら、どのように判断しただろう。そして、彼も同意しただろうと私は思います。
20年前以上の取材の際に、「時代とともにサービスも進化するか」という質問をした。その時の返答は「OUI」。今は「距離感を敢えて変えている」という返事でした。
以前は、高級レストランだと改まったサーヴィスが良しとされ、形式ばった堅苦しさも一つのポーズだったが、今は親密さが求められるようになり、まさに物理的にも一歩進んだ距離で、それを示すことにしたとヴリナ氏がおっしゃっていたのが思い返されます。
社会通念の変化も敏感に取り入れ、それをどのように反映させていったら良いかを常に考えていらしたのではないかと思う発言でした。
そして今、料理における情報のグローバリズムが進む中、海外の料理人が表すフランス料理には、フランス人の料理人が見出せない魅力があると、ヴリナ氏自身も見抜いたのではないかと思います。
ところで、ディレクターのボドワン・アルノルドさんが目の前で作ってくれたクレープ・シュゼットのお味は言うに言われないものでした。
クレープ生地の繊細なテクスチュアと風味。オレンジとキャラメルのソースを十分に含んでふっくらと仕上がりながら、ちょうど良い口当たりで絶品でした。ゲリドンサービスの美しさにしばし見とれたひとときでした。
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