99 平等の実現
この世界において、人類は小型の恒星を中心とした仮想球面上に満遍なく配置されている。
厳密に等しい距離を取ることにより個々人が十分なパーソナルスペースを保持し、かつ相互間における言葉のやり取りを遮断するという効果が見込まれる。これは空間の略取および言説による思想誘導、ひいてはヒエラルキー構築の危険を回避するために必要な措置となる。
人類に必要な食料を生産するための土もまた人類の数だけ空間上に等間隔に配置されている。牛を生む土地、豚を生む土地、米を生む土地、麦を生む土地、白菜を生む土地、ピーマンを生む土地、それぞれに固有の土地を割り振り、それぞれをまったく同一の条件で育むことにより、生産物は色も形もすべて同一のものが出来上がる。
出来上がった作物を調理加工する施設もまた人類の数だけ等間隔に配置されており、これらはあらゆる種類のレシピを再現する能力がある。当然のことながら、レシピはその都度同一である。鍋を振る回数や角度、食材を切る長さや方向などすべてにわたって厳密に等しく振る舞うよう同期されており、したがって出来上がる加工品はその重さ、形状はもとより皿への盛り付け具合まで厳密に等しいものとなる。
人類については同一の遺伝情報を持つクローンで構成されており、これは体格差や性差といった各種差異を生まないための措置となる。必要かつ最低限の教育を施す装置もまた個々人に対して割り振られており、各世代は同一の内容を厳密に同時に学ぶこととなる。
完全なる平等の実現という理念のもとに設えられたこれら状況は、人類の動作が99.9999%同期するという現象を以て目標の達成を見た。
相互に関わりを持ちえない十分な距離、つまり肉眼による観測では隣人を確認することができない距離に配置された人類相互の間で、誕生から死にいたるまでの全動作が等しいものとなった。
食事を口に運ぶ際のスプーンの動き、くしゃみをする動き、ふと考え込むように頭上を見上げる動き、すべての動きがすべての人間において同一かつ同時的に生じるのである。
同時的である以上それは人真似とは言えず、いかなる強制にも基づかないものである以上自由意志と言うよりほかはない。
つまり人類は、自然状態において完全な一致を見たのである。
生まれ、育ち、身体的特徴、思想信条、等々――厳密な意味でこれら差異の撤廃されたこの世界は、厳密な意味において平等が確立された世界であり、文明が目指すべき一つの理想形であることは疑えない。
付言すると、人類は両性を具有しており単為生殖で延々増殖する。生活資源の根源たる恒星は無窮の光を発し、人類の用に供するすべての装置は装置そのものを生み出す能力を兼ね備えている。隕石の飛来等、環境攪乱をものともしない程度の母数があり、また装置もそれぞれが分散しているためリカバリーは容易である。
完全なる平等を実現したこの素晴らしきユートピアは今なお、指数関数的に増大しており、他の恒星への拡張も着々と進められている。
この素晴らしき平等が全宇宙を埋めるその時まで、わたしは彼らの寸分たがわない人生を、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も、幾度も眺めつづけることになるだろう。
宇宙に、そして人類に、幸あれ。
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