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顔の大きさと同じくらい太い上腕筋から放たれる張り手は、もはや鈍器。 ー映画【犯罪都市】について

高崎にある唯一のミニシアター系映画館「シネマテークたかさき」は、支配人やスタッフの方に韓国映画好きが多いらしく、定期的に最新の韓国映画を上映してくれる。なんでも当映画館には「韓(感)国映画総力上映チーム」なる集まりがあるらしく、チケット配布時に一緒に手書きで書かれた手製のフライヤーまで貰えるのでありがたいし、池袋にある古書往来座ののむみちさん(Twitter )が発行している名画座かんぺじゃないけど、今の時代にオフィシャルのフライヤーだけでなく、こうしたA4チラシの余白を文字で埋め尽くさんばかりに書かれた手作りのチラシは、貧相な言葉で言えば映画愛が伝わると言いますか、それだけでなく見終わった後に映画の内容を補完するサブテクスト的な意味合いとしても重宝している。

STAFF
監督:カン・ユンソン
製作:チャン・ウォンソク
脚本:カン・ユンソン
撮影:ジュ・スンリム
美術:キム・ソンギュ

CAST
マ・ドンソク:マ・ソクト[強力班刑事・副班長]
ユン・ゲサン:チャン・チェン[黒竜組のボス]
チョ・ジュユン:ファン社長
チェ・グィファ:チョン・イルマン[強力班 班長]

連日続く猛暑で、もう血液まで煮えたぎってくるような真夏の炎天下のなか、追い打ちをかけるかのごとく暑苦しい猛者どもが、血で血を洗うバイオレンス映画「犯罪都市」を観てきたんだけども、もうストーリーとか話の展開とかは隅に置いておいて、とにかく主演のマ・ドンソクの迫力、その魅力的なキャラクター性、そしてスクリーンを支配する圧倒的な存在感に終始圧倒される2時間ではあるわけで。
本筋としては、このマ・ドンソク演じる刑事は暴力団がらみの荒っぽい事件を担当する“強力班”の副班長で、少しでも体を動かせば、シャツのボタンが吹き飛ぶんじゃないかと言わんばかりの巨体と、その顔の大きさと同じくらい太い上腕筋から放たれる張り手で、暴力団の組員を片っ端からねじ伏せていくわけですが、彼がこの映画のなかでどのような存在として置かれているかを、すでに冒頭のシーンにおいて象徴的に表していて、それは繁華街のなかで起きた、ナイフを手にした二人の男たちの取っ組み合いを、出勤途中のドンソクが片腕一つで制裁する姿からして、この映画における彼の立ち位置と力関係を見事に証明している。つまり凶器の度合いでいったら、ドンソクは刃物や鈍器よりも位置的に強力なものとして描かれているのだ。

この「犯罪都市」は韓国製バイオレンス映画にしては珍しく、銃器がまったくでてこない。映画のアクションシーンにおいて、双方のどちらかが銃の引き金を引いた瞬間、勝敗が決まるのは時間の問題であって、それまでの間をどれだけエキサイティングかつスタイリッシュに暴力描写として描くかという問題にとことん正面から向き合ってきたのが近年の韓国ノワールだと思うわけだが、本作では最後まで撃ち合いによる銃撃戦描写がなく、拳とナイフと斧と出刃包丁と棍棒と金属バットが入り乱れる、生々しい肉体的なアクションのみが活劇の見せ場として展開していく。その暴力描写の特徴としてひとつ語るとすれば、序盤のシーンにおいて、中国からやってきた朝鮮族の犯罪組織・黒竜組の三人が、ソウルでその名を轟かす暴力団・毒蛇組の一員を拉致し、借金の返済が滞っているのを理由に、その男をごみ集積場の僻地で拷問にかけるシーンがあるが、返済額を割り引く代わりに指の一本一本を金づちで叩き割っていくその悲惨さを、夜の暗闇のなかではなく、白昼堂々と繰り広げる様からして、この三人組が如何に極悪非道で情け容赦のない外道であるかを端的に見せつけたシーンだといえる。その拷問する様を引きのショットで捉えつつ、カメラが徐々に後退しながら、そのままカットを割らずにタイトルバックが映るのが、この映画の行く先を暗示させる。

派手な暴力描写をより効果的に見せるために、アクションを演じる役者だけでなく、その役者を包み込むシーンの舞台や背景をどのように工夫するかというところは見所の一つであるが、本作が暴力だけを印象づけさせる野蛮な映画とは違う点として、映像的な工夫を随所に含ませ、細かなところでもカットを割らずに、計算されたワンカットの映画的な流動性が溢れている。物語の中盤、中国からやってきた黒竜組の三人があっさりと毒蛇組を乗っ取ったあと、敵対する組織であるイス組の組長を殺害すべく、彼の一家の祝賀パーティーの会場に乗り込むシーンで、消火器を使って部屋全体を白い煙で満たし、画面全体をスモーキーな質感に仕立てた後で、アクションに突入するという仕掛けが上手く施されていて、その後の黒竜組のボスであるチャンが、逃げ惑う客たちを背にひとり入り込んでくるわけだが、ベルトの脇に差した斧を引き抜くところをカメラがアップで捉えた後、カットが切り替わって室内全体を見渡す俯瞰のハイアングルショットへと切り替わり、次々と襲いかかってくる相手を逆に斬り殺し、最後には組長のイスとの一騎打ちへとなだれ込み、絡み合う二人をカメラはローアングルから徐々に二人に向かってトラックアップしていき、組長の胸元にナイフを突き刺し、吠えるチャンの表情をアップで映すところまでをワンカットで見せるところなどは、計算された巧みな映像演出として非常に魅力的だ。凄惨な暴力による殺戮を描きながら、荒々しくぶれることもないカメラが辿る映像の軌跡は、見事としか言いようがない。

かと言って、目まぐるしく動き回る肉体的描写を追いかけるだけが、この映画の芸ではない。カットを割ることなく、映像の切れ目を見せずに、リアルに体感的なアクション表現を打ち出したかと思えば、その逆に、アクションシーン自体は細かなカット割りでつないでいき、そのアクションのテンポの良さを際立たせるために、その手前で長回しのカットをつないで緩急をあらわしている描写もある。終盤、目的を果たし金を手にしたチャンは、中国へと逃げるため空港へと向かうが、その空港のトイレのなかで、ドンソク刑事との宿命づけられた最後の一騎打ちが繰り広げられるのだが、チャンが汚れた衣服を着替えるために個室へ入るところから、カメラは個室の中を俯瞰のショットで映し出して、そのまま彼が個室から出てていくところを追尾しながら、扉を開け出てきたところで、今度は洗面台の前に立ち、チャンに話しかけるドンソクを捉えるため、カメラは急速に後退していき、鏡の前に立つドンソクの表情を捉える。ここまでの流れをカメラはワンカットで撮りきるわけだが、意識的に見なければ気がつかないようなショットであり、何もワンカットでなくとも、チャンが個室から出てきたところでカットを割り、ドンソクのアップへ切り替えても何の違和感もないだろうが、なぜ、そうまでしてカットを割ることなく撮りきるのかといえば、これは演出的な要請からくるものが大きく、前述したように、その後に続く二人の目を見張るような肉弾戦を、テンポ良く小刻みにカットを割って見せているため、そのアクションが始まるまでの、ある種のためとして、濃密な緊張感を生み出すためには、決してカットを割ることなく、画面に映し出される生々しさを削いではいけない、という作り手たちの意図があるのだろう。この最後のアクションシーンは、トイレの室内の床面のタイルや壁面など、全体の白さや清潔さが、逆に二人の男の黒いシルエットを際立たせていて、ラストの見せ場の舞台をこうした場所に持ってくるあたりが、シリアスなだけでなく時にユーモアも交えて見せるこの映画のスタイルに非常にマッチしている感じがした。

強烈な平手打ちで、犯罪者を次々と叩き潰していくドンソクの右手は、ときには優しさを帯びて、自分の部下を労るためにも有効に機能している。事件で怪我を負った新米の部下を見舞いに行った際、恐ろしい事件の数々を目にしてか、今の職場を辞めたいと告白する部下に対して、優しきドンソクはその右手で彼の肩を抱き、怖いもの知らずに見える自分もまた、ナイフを見れば怖いと感じる本音を、彼の前で告白する。この部下はいったんはドンソクのいる強力班を離れ、情報課に映るのだが、最後には再び職場復帰をして、たくましい立派な姿を見せる彼に見せる。ドンソクは、犯人逮捕のためだけに力を振るう暴力刑事としての顔だけでなく、部下思いの頼れる兄貴分としての一面を併せ持つ優しい刑事なのである。

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awakia
主に新作映画についてのレビューを書いています。