#20. 枯れ木の迷宮
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#20.枯れ木の迷宮
『短く、険しい道』
という言葉に反応し、宙に浮く炎の文字は姿を消した。
大地がざわめくような不気味な音を立てながら、枯れ木が生え変わり、彼らの目の前で姿を変えていった。
そして、現れたのは左右を枯れ木に挟まれた道・・・その道の先には、低い枯れ木が密集して作られた、巨大な迷路があった。
地の果てまで続く、枯れ木の迷宮。
彼らは、言葉を失った。
「・・・これが、短く、険しい道?」
チーグが首をひねった。
ともかく、前へ進むしかない。彼らは、行く道の長大さにげんなりしながらも、とりあえず迷宮の目前まで歩を進めた。
近づくと、迷宮の巨大さに圧倒される。
これを踏破するのには、何週間もかかりそうに思えた。たとえ、迷路に迷わなかったとしても。
「騙された?やはり、なにかの謎かけだったのか・・・」
ノタックは憮然としてつぶやいた。
動揺する仲間たちをしり目に、ひとりポーリンだけは、その偉大な魔法の技を眼前にして深い感銘を覚えていた。
「これほどの魔法・・・すごい」
「確かにすごいが、困ったことになったぞ」
チーグがうっとりするポーリンを現実に引き戻そうと苦言を呈する。けれども、ポーリンは小さくかぶりを振った。
「私は、大魔法使いとされるヤザヴィを信じる・・・これはきっと、”短く険しい道”よ」
仲間たちは、不審そうに互いの顔を見合わせた。
ポーリンは数歩進み出て、目を閉じる。集中力を研ぎ澄まし、魔法の使い手でなければ感じ取れない力を感じ取ろうとする。以前はあまり得意ではなかったが、旅に出て経験を積み、彼女の感覚は過去にないほどにまで研ぎ澄まされつつあった。
ポーリンは深く息を吸うと、ゆっくりと、だが滑らかに、他の者たちには理解できない言葉を口にし始めた。魔法の呪文・・・戦いの最中の慌ただしいときではなく、時間をかけたポーリンの呪文の詠唱は音楽的で、ゴブリンやドワーフの耳にも心地よく感じるものだった。
「幻覚破りの呪文よ」
ポーリンはみなに分かる言葉を挟み、語気を強めながら呪文を続けた。
幻覚を破るためには、幻覚の術に込められたものを跳ね返す魔力が必要になる。ポーリンは、今の彼女の力のほぼ全てを投じる必要を感じていた。
耳に心地よかった音楽的な詠唱は次第に力強さを増し、鼓膜を打つほどにまで強まった。
やがて、その呪文の詠唱が終わると、目の前に広がっていた巨大な迷宮は姿を消し、左右を枯れ木に囲まれた広い一本道が現れた。
「・・・これが、短く険しい道」
声を絞り出すように弱々しくそういうと、ポーリンはその場にへたり込んでしまった。
目の前で繰り広げられた驚異に、仲間は唖然としていたが、ポーリンが倒れてしまうととたんに現実へと引き戻された。
「大丈夫か?だが・・・見事だ」
チーグが言葉をかける。
「ええ、上手くいったけど・・・思った以上に力を消耗した。一刻ほど休ませてくれる?」
そう言い残し、ポーリンは眠りに落ちた。
ポーリンが目を覚ましたとき、太陽は既に中天を過ぎていた。完全ではないが、体力は幾分か回復していることを感じていた。
身を起こすと、仲間たちはめいめいのことを行っていた。
チーグはノタックが回収した本の一冊を読んでおり、ノタックはハンマーを目の前において瞑想していた。ノトは腕を組んで寝転びながら空を眺め、デュラモは剣と鎧を磨いていた。彼女の休養を邪魔せず、黙ってそれぞれのことに取り組んでいる。
思えば、奇妙な組み合わせの、奇妙な者たちである。
それぞれがかなりの変わり者であろうことは間違いなかったが、ポーリンの胸にはそれが逆に愛おしく思えた。
旅を通して得た、貴重な仲間たちだ。
ポーリンは立ち上がると着衣を整え、ほこりを払った。
チーグが本を閉じ、ポーリンを見上げる。
「大丈夫か?この先もきっとおまえの力が必要だ」
「もちろん」
ポーリンは笑顔を浮かべた。
「さあ、行きましょうか」
そこからの一本道は、ただ何もない荒野を、ほぼまっすぐ進むだけのものだった。拍子抜けするほどに、何もない。この道を歩いているだけならば、ここが人を寄せ付けぬ呪われた地だとは到底思えないだろう。殺風景で、物寂しげな、枯れ木と岩場だけの地だ。
だが、試練が幻覚を破ることだけだとは思えず、彼らは油断することなく進んだ。
中天を過ぎた太陽が西に傾く頃、行く道の先に茶色い尖塔が見え始めた。
歩をすすめると、その姿が次第にあらわとなる。それは、立ち枯れの木々と同化したかのような、古びた石造りの塔であった。
「・・・何か知っている?」
念のためにポーリンは聞いたが、チーグも肩をすくめるだけだった。
警戒しながら、彼らは前へ進んだ。
そして、塔まであと少しのところまで来たところで、それは突然現れた。
静寂の空間が一瞬にして破られ、大地から地面が隆起して視界を塞ぐ。盛り上がった大地を突き破って現れたのは、九つの首を持つ化け物の「骨」であった。
(つづき)
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