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名作コラム・シュルツ『書物』『天才的な時代』 ~幻視作家の視た並行世界~

 今回は20世紀前半のポーランドのユダヤ人作家であり画家、ブルーノ・シュルツの作品集『砂時計サナトリウム』の開幕を飾る二篇、
<書物>
<天才的な時代>
に関する解説おば。彼は生涯で2つの作品集
『肉佳色の店』(15篇)
『砂時計サナトリウム』(13篇)
と、4つの短篇
<秋>、<夢の共和国>、<彗星>、<祖国>
の文学作品しか残しておらず、今は平凡社ライブラリーに全て収録されてますね。
http://www.heibonsha.co.jp/book/b160748.html
では、紹介していきたいと思います(・ω・)ノシ

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 <書物>と<天才的な時代>は連作になっており、作品集の序盤を飾るに相応しく、前書きとして作品集全体の基礎的なスタイルや文学思想を明示しています。特に重要で私が魅かれたのは

あらゆる平凡な事実は時間の中に、因果律や出来事の関連性の糸でしっかり繋がっており緻密に連続して埋め込まれている。では時間の連続に対して完璧で見事過ぎ、その中に収まるのに大きすぎる、あるいは遅く到着して既に収まるべき隙間が無い<天才的な時代>はいったい何処に行くのか?

そして、そういった時間の流れに収まる事の無かった<天才的な時代>をちょっとしたトリックや技巧で時間の流れに顕現させよう、というのが『砂時計サナトリウム』全体の作品に流れている共通テーマで、これは前作『肉佳色の店』にも遡及して適用できる、シュルツが生涯にわたり取り組んだテーマともなります。
 さてこの発想、SF好きの方は気付いている方も多いかと思いますが、並行世界──パラレルワールドのアイディアと同じものとなります。パラレルワールドのアイディアが用いられるようになったのは1950年代末からで量子力学の発想をSFに持ち込んでからです。
 シュルツの作品は1938年の二次大戦中から。科学的なアイディアを取り入れずとも、経験則と文学の系譜からパラレルワールドが生まれた事は重要な出来事です。
 ロマン派から初期SFの異世界(未来や過去も含む)に遠く旅して帰って来る旧来のスタイルから、ポー、マッケン、ビアスらを通して現実と連続した異世界、そしてカフカを経てシュルツ等の現実世界に張り付いて、隙あらば現実に盗って代わる異世界という並行世界モデルがこの時代に確立していたのは驚きとしか言えませんね(・ω・)ノシ

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 さて、発想や技巧的なモノ以外でも、シュルツの作品の個々の魅力は様々です。
 ここから<書物><天才的な時代>の基本的なストーリーに触れていきましょう。

<書物>
 幼少期に父の机の上に置かれてた究極の<書物>を、物心を持ち始めた主人公ユーゼフが探し求める事から始まる物語。所謂”究極の書”と探索の系譜にあたる作品ですが、その”究極の書”は掃除中の小間使いアデラとの対話中にあっさりと見つかってしまいます。
 ユーゼフが聖書よりも貴重としたその本は、いわゆる印刷物の古雑誌で、時折アデラや他の使用人が雑紙としてページを破って使用してるような物でした・・・・・
 普通ならそこで短篇のオチとして区切りがつくのですが、そこから古雑誌のページに登場する、広告のイラストや宣伝文句から、聖人譚や預言者が次々産まれていきます。

<天才的な時代>
 主人公ユーゼフが天啓や霊感を受け、画家として作品を次々描き上げる事から始まる物語で、画家であるシュルツらしい作品となります。
 ユーゼフの絵は評価され、自宅の屋敷の壁だけではなく、街の様々な建物に張られる人気に。しかし自分の作品や創作に一抹の不安を感じるユーゼフはある人物に助言を求めます。
 その人物は、冬いっぱい監獄でお世話になり春の復活祭に娑婆に出てきたコソ泥のシュロマ。
 家族は旅行に行き、小間使いのアデラも復活祭で出払ってる屋敷にシュロマを招き、自分の絵を見て貰い、更にこれらが模倣や盗作ではないか?と疑問をぶつけます。
 しかし、シュロマはアデラのハイヒールを手に取り、瞑想して語り出します・・・・

と、半幻想も交えながら著者シュルツの幼少期から少年期の回想、その中の”失われた時間=天才的な時代”を時間の中に顕現させて行きます。
 シュルツは失われた時間だけではなく、失われた空間もテーマに用いてまして、最初の連作『肉佳色の店』の<肉佳色の店><大鰐通り>でも、街の地図で完成されてない空白地帯や、見知らぬ裏道を埋める物語となっています。

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 今回は2短篇に絞りましたが、シュルツ作品の重要登場人物である父とアデラを連作で追っていくのも楽しみの一つです。
 メメント・モリ、デカダン、表現主義、女性の媚態、そしてアウトサイダー。イメージと幻視の渦に呑まれるような文章の中に、様々な切り口を見出す事が出来る稀有な作家と言えるでしょう。
 では、今宵はこのへんで(・ω・)ノシ

拓也 ◆mOrYeBoQbw
 

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拓也 ◆mOrYeBoQbw
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