「まずは踊れ」「ザ・デッド」「ぼくたちの哲学教室」〜アイルランド映画祭2024を観て
アイルランド映画祭2024、今年は恵比寿のガーデンシネマで開催されている。映画とは関係ないが、この映画館は駅から遠い。ガーデンプレイスのさらに奥手にあるので、とても長い距離を歩くことになる。途中動く歩道があるのでずいぶんと助かるのだが、それでも駅の改札を出てから10分以上はかかるのではないか。一回行くだけなら良いが、何回も通うには少しばかり不便だった。
まず一本目「まずは踊れ」を観た。
原題”Dance First”。アイルランドの作家サミュエル・ベケットの伝記映画である。映画の中で、あるインタビューで若者に向けて一言、と問われて「Dance first, think later」と言った、というエピソードが出てくる、そこから取ったのだろう、良いタイトルだ。
ベケットがノーベル賞の授賞式の会場の屋上(?)で、もう一人の自分との間で、この賞金を誰かに譲りたい、譲るとしたら誰に渡すべきか、という対話を行う中で、これまでの人生で出会った様々な人間とのエピソードを語っていく、という趣向になっている。
基本的にはベケットの人生そのものを描いていて、ベケット自身の難解な作品の世界を表現しようとしていないところは良かった。
厳しい母親との確執、憧れてストーカーのように付き纏ったジェイムズ・ジョイス、そして精神的に不安定で自分のことを慕っているジョイスの娘。ジョイスの作品を共同でフランス語に翻訳した仕事仲間、彼に紹介された恋人で将来の妻、そして自分の作品をドラマ化しようと近づくBBCの女性プロデューサー。
すべからくベケットは優柔不断で、自分勝手で、情けない自分を後悔の念を持って回想する。あの時、ああしていれば良かった、こんなことはしなければ良かった、と。一方で登場する女性たちのなんと明快で思いやり深く、男らしいことか。
個人的には、ジョイスの奥さん(ノーラ・バーナクル)が晩御飯を告げにきて、大きな声で高らかに「ダンプリング!!」と言い放つところが気に入った。毎回おかずはダンプリングなのであった。
次にジョイスの「ダブリン市民」からの一節、「ザ・デッド」のデジタル・リマスター版。
1987年の公開、同年に亡くなったジョン・ヒューストン監督の遺作である。雪の降るダブリンの夜、あるパーティに招かれた夫婦と客たちの雑然とした会話や歌がひたすら続く。
会がひらけ階段の踊り場で、上階から聞こえてきたアイルランド民謡の歌に聴き入る妻、そして、宿に戻り、なぜあんなに聞き入っていたのか、と夫が問いただす。妻は若い頃の亡くなった初恋相手のエピソードを話す。初めて聞く話に心が動き、無常感に苛まれる夫。なんとも不思議な映画である。
ジョイスは自分の小説の手法を「意識の流れ」と呼んだが、それを映画で再現しようとしたと聞いたことがある。心の動き、その場の雰囲気の変化、会話の流れ、それをカメラワークで表現しようとしているみたいだ。
ちなみに、この妻の役をやっているアンジェリカ・ヒューストンはジョン・ヒューストンの娘だという。美しい人だ。また、端役で映画「コミットメンツ」のジミーのお父さん役などをやっていた若い頃のコルム・ミーニィが出演していた。
解釈は難解だが、心に残る映画だった。
「ぼくたちの哲学教室」
ベルファストにあるホーリークロス小学校。そこの名物校長と子供たち哲学談義、という趣向の半分ドキュメンタリーのような映画である。校長はプレスリーが大好きで、若い頃はやんちゃをしていたという夜廻り先生みたいな人だ。ベルファストのカトリックとプロテスタントの問題、この学校のすぐ近くでも発生した戦争状態、暴力と弾圧、を歴史として一生懸命に伝えようとする。暴力などルールを犯した生徒には、哲学の壁と言って、なぜそんなことをしたのか、これからどうすれば良いのか、を一対一でホワイトボードに書き出して、解決しようとする。
映画の最後で、喧嘩をした子供が言い訳として「だって、お父さんからやられたらやり返せ、って言われたんだもん」という。それを聞いて、校長は悩み、それを題材に授業を行う。校長は「叩き返すのではなく、話し合うとか先生や親に相談するとか違う方法で解決できるということ」「感情をコントロールする方法」などを子供に教えていく。
全く正しいし、その通りだと思うが、正直いうと、少し押し付けがましい、窮屈な感じがした。希望が湧いてこない感じというか。なぜだろう。映画のBGMが全般的に暗いトーンの音楽だったせいもあるのかな。
いいことも言っていた。「同じものでも人によって見方が違うと全く違うものに見える」「哲学の良いところは、簡単に答えが出ないところだ」
だから、「やられたらやり返せ」という意見を否定して、簡単に答えを出してしまうことに違和感を感じたのかもしれない。
もう一つの違和感は、ボーイズスクールだからだけど、女の子がいないし、白人ばかり。今時は世界中からの移民も多いはずなのに。
だけど、そんな「しこり」が残るのも哲学の良いところなのかな。
本当はもう2、3本観たいのだが、もう明後日までだしこれで打ち止め。でも素晴らしいイベントであった。
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