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探検!ゲーム条例制定後の香川県議会の議事録を暴こう!(2020年版)1/6

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(以下、ゲーム条例)制定後、香川県では、その影響を受けた施策が次々と施行されている。
ゲーム条例を成立させた根源的な考え方とは何か。その考え方の何が歪んでいるのか。公開されている議事録を精査することで、それを少しでも把握したい。本稿は、それを目的に作成した。
当然、良い点があれば紹介したかった。しかし、「探検」の結果、それは叶うことはなかった。むしろ、頭が痛くなる内容ばかりだった
その頭の痛くなる発言が詰まっている議事録を、解説付きで暴く。

この階層では、ゲーム条例を成立させているコンセプトを中心に探索する。下の階層の探索に際しても理解が必要な個所なので、この階層でしっかりと知見を重ねて(レベリングして)おこう。

[ おことわり ]
議事録は、できる限り原文のまま掲載していますが、文章の前後関係の意味を通すため、文意を崩さないよう編集をしています。何卒ご了承ください。

登場人物


第1階層-1:ネット・ゲーム依存症と久里浜医療センターの論旨展開

議事録を見る限り、ほとんどすべての県議会議員と香川県の幹部は、ゲーム障害(以下、ゲーム行動症)について正確な知見を持っていなかった。

大山一郎:
ICTの便利さの裏ではフェイクニュースによる社会の混乱、著作権やプライバシーの侵害、SNSや匿名性を悪用したいじめや炎上、さらには脅迫や人権侵害、ネット詐欺、ストーカー、性犯罪、視覚障害等々様々な副作用が生み出されていることもまた事実です。そして、その中でも最も恐ろしい副作用の一つが子供たちのネットやゲームによる依存症だと思います。

そのSNSで子どもが誘拐され「最悪の姿で帰宅する」ことよりも、陰湿なネットいじめから逃れるべく「最悪の選択肢を選ぶ」ことよりも、医学的根拠すらない状態で勝手に定義した架空の病気の予防のほうが重篤という認識とは恐れ入る。

以下のような、凄惨極まるネットいじめの犠牲者を出さないようにするよりも、架空の病気の予防のほうが「重篤度が高い」とする香川県…

それに、視覚障害(おそらく視力低下を言っているのだろう)はTVや読書でも起こるので、ICTサービス限定にする根拠が不明だ。

もっと突っ込むと、脅迫や人権侵害、ストーキング、性犯罪は、モラルや人権意識の欠如に起因する犯罪行為なので、ゲーム行動症と一切関係がない。また、いわゆる「炎上」は、情報発信者の不注意に原因がある。つまり、この発言は、大山氏は、ICTの基本レベルの知見ですら備えていないことを意味している。

岡野 朱里子:
子供たちをネット・ゲーム依存から守るため、本年度からさらなる取り組みを始めているところです。私は、自身の摂食障害、つまり、食べないこと、そして体重への依存をする病気ですが、その経験から、これまでも精神保健医療の充実に資する施策の推進に取り組んでまいりました。

岡野氏は、ゲーム条例議決日直前で賛同側に与した香川県議会議員だ。議事録を読むと、彼女は摂食障害になっていた経歴があるとのことだ。しかし、その摂食障害に対する認識が、ゲーム行動症のそれと混在しているのはなぜだろう。ちなみに、彼女の発言に対応する正確な摂食障害に対する情報は、以下のとおりだ。なお、摂食障害を説明する文献や資料には「依存症」の文字は存在しない

・摂食障害は、パーソナリティ障害や躁うつ病を併発している事例が多いことからも、心身両面からの治療が必要な疾患である*1
・摂食障害における脳の萎縮は、低体重状態や低栄養状態が原因である*1

なお、ゲーム行動症になると脳が萎縮すると断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しない。つまり「ゲームを遊びすぎると脳が委縮する」と断定する表現は、ウソだ。

科学的根拠に基づく「ビデオゲームのプレイと脳の萎縮との関係」

氏家 孝志:
インターネットやコンピューターゲームの過剰な使用は、子供の学力低下のみならず、ひきこもり、睡眠障害、視力障害など、身体的な問題まで引き起こすことが指摘されております。世界保健機関(WHO)は、2019年5月の総会において、ゲーム障害を疾病として正式に認定したように、今や、国内外でこのネット・ゲーム依存症が大きな社会問題となっており、とりわけ、子供が依存状態になると、抜け出すことがなかなか困難になるとも言われています。

太田 吉夫:
2019年5月にゲーム障害が国際疾病として正式認定されました。

大間違いを平気で言っている。WHOは「病因・死因を分類し、その分類をもとにした統計データを体系的に記録・分析するための資料、ICD-11アイシーディー・イレブン(国際疾病分類および関連健康問題 第11版)」に収載すると決めただけで、病気と認定するとは一切述べていない。議員ならまだしも、太田氏は元医療従事者だ。つまり、専門家ですら、マスメディアの誤報(=久里浜医療センターによる資料の誤訳)を疑いなく仕入れていることがわかる。ちなみに、2022年1月に行われるICD-11の正式発行をもって、日本を含めたWHO加盟国にて、病気として正式に認定するかどうかを決める工程に移る。

また、学力低下、引きこもりがゲーム行動症を起こすと断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しない。つまり「ゲームを遊びすぎると学力が低下する、引きこもりになると断定する表現」は、ウソだ。

大山一郎:
課金トラブルなどが小・中学生の間で相当起こっていて保護者も困っていますし、一番困るのは保護者がそういったこと自体を放置しているような家庭がたくさんあるのです。保護者自体がネット依存のような形になっていて、そういったことにあまり問題意識を感じていないところが一番大きな問題なのだろうと思います。

これは、完全に大山氏の私見だ。保護者自体がインターネット依存症のような形になっているから子どもがアプリ内課金を過剰にしてしまうと断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しないからだ。もちろん、日本国政府公式を含めた情報セキュリティーやICTリテラシーの教本にも、その旨の記載は存在しない*2。なお、私の経験も踏まえた正しい現状認識に基づくと「保護者は、放置しているのではなく、適切な対策の取り方を知らない」だ。それを補填するための援護こそが行政の仕事と私は思うが、彼にとっては違うようだ。

氏家 孝志:
中高生の7人に1人がネット依存に陥っているというデータもあるわけですから、これはもう待ったなしの課題であると思っています。

岡野 朱里子:
久里浜医療センターの調査では、ゲーム依存の傾向にある子供を比較すると、開始年齢が10歳以上では3%で、一方、5歳以下では13%でした。したがって、できるだけゲーム開始年齢を遅らせることは、有効な予防方法の一つと言われています。また、親のネット・ゲームとの距離感が子供の依存症に影響をするとも言われています。
(中略)脳の変質を引き起こす依存症に陥った当事者や家族がどんな日々を過ごすか御存じでしょうか。

「中高生の7人に1人がネット依存に陥っている」など、久里浜医療センターの調査データはエビデンスには使えないほど粗雑で信頼性がない*3 事実は知らない模様だ。また、ビデオゲームの開始年齢を遅らせればゲーム行動症にならない、親がITサービスに対してどのような距離感(=ITサービスに対する好意の度合いの高さ)を有しているかがゲーム行動症の罹患率に影響すると断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しない。つまり、それらの事柄をビデオゲームのプレイと関係あると断定する表現は、ウソとなる。

これらも、久里浜医療センターの杜撰なロジックに属する。

ちなみに、同条例の検討委員会で提示された久里浜医療センターの資料も、以下のスライドで指摘する理由があるため、資料としては全く使えないことは、第三者が検証済み*4だ。

第1階層-2:ネット・ゲーム依存症と親学の論旨展開

広瀬 良隆:
この条例策定に専門的知見をもって惜しみなく協力の労を取ってくださったのが、(中略)大阪で心療内科クリニックを営む岡田 尊司院長でありました。
岡田氏(『脳内汚染』の著者)は、本県の条例検討委員会で、依存症の予防対策で重要なことは二つとおっしゃっていました。一つは、安心できる親子関係など人間関係の構築で、不安定な愛着や環境への不適応は依存症のリスクを高めるということでした。もう一つは、依存症教育です。生徒だけでなく保護者も対象として依存症教育を実施することが重要であり、知らず知らずのうちに依存症に陥ることの怖さを家族で共有することが大事です。

岡田 尊司氏の著書『脳内汚染』の内容は、似非科学の代名詞の1つ「ゲーム脳」の亜種に近い思想である旨なら非常に評価が高く、著書内でビデオゲームを「デジタルヘロイン」と断言するほど、氏自身がITサービスに対して偏見を持っている。それは、『脳内汚染』のサブタイトルが「子ども部屋に侵入したゲーム、ネットという麻薬!」とあることからもわかる。

なお、ビデオゲームを長時間遊ぶと、覚せい剤などの麻薬に匹敵するほどの興奮物質が脳内で分泌されると断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しない

科学的根拠に基づく「ビデオゲームのプレイと脳内分泌物質との関係」

また、不安定な親子間の愛着がゲーム行動症を起こすと断定した科学的根拠は、本稿執筆時点で、世界中のどこを探しても存在しない。ちなみに、親子間の愛着を問題とするロジックは、親学の思想だ。親学も、似非科学としての評価だけなら非常に高い。

専門家は、誤った愛着障害の思想を基にしたビジネスの拡大を恐れている

結果から言えば、ゲーム検討委員会メンバーの香川県議会議員や香川県は、上述したようなデタラメ情報を何の疑いもなく受け入れた。これは、少なくとも、ゲーム条例の内容に賛同した香川県議会議員や香川県の関係者は、科学リテラシーがスッカラカンであることを意味する。実際、ゲーム条例には、親子間の愛着に問題があるから子どもがゲーム行動症になる旨の記載をした条項が見受けられる。

[ 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 前文]
子どものネット・ゲーム依存症対策においては、親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。
[ 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 第4条]
3. 県は、県民をネット・ゲーム依存症に陥らせないために市町、学校等と連携し、乳幼児期からの子どもと保護者との愛着の形成の重要性について、普及啓発を行う。
[ 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 第6条 ]
2. 保護者は、乳幼児期から、子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない
[ 香川県ネット・ゲーム依存症対策条例 第8条 ]
3.県は、県民をネット・ゲーム依存症から守るため、国に対し、乳幼児期からの子どもと保護者との愛着の形成や安定した関係の大切さについて啓発するとともに、必要な支援その他必要な施策を講ずるよう求める。

第1階層:議事録内大探検の暫定結果

ゲーム条例の内容に賛同した香川県議会議員や香川県の関係者らは、ゲーム行動症を憂いる以前に、個人向けで娯楽用途のICTサービスが子どもの生活空間に入り込むことを異様なほどに嫌悪していたようだ。換言すれば「子どもの生活時間を侵食する、学業成績の向上につながらない娯楽はすべて有害環境」とみなしていたのだろう。これをきれいな言葉で表現すると「復古主義的な教育思想」となる。それがまず前提にあった。

そこに、タイミングよく「ゲーム行動症がICD-11に収載予定」の時事が降ってきた。この時事を契機に、メディアでの露出が多くなった、ゲーム行動症の影響と思われる各種「病状」を非常に詳しく解説、公表している久里浜医療センターのロジックは、彼ら彼女らの目に留まった。保護者に対して、個人向けで娯楽用途のICTサービスを我が子が長時間使うことへの恐怖感を抱かせる格好の素材にできたからだ。『脳内汚染』を著した岡田氏が掲げる、歪んだ愛着障害のロジックも、同様の理由で「素材」となった。

ゆえに、最初から、彼ら彼女らの信じてやまない前提を固めるためだけに、審議が進められたのだ。それで「審議を尽くした」というのだから、日本語からしておかしい。

前提的な思想を固めるなら、手段は不問としたたのだろう。四国新聞社とグルになり、個人向け娯楽用ICTサービスに対してネガティブに思わせるよう世論形成をしていたこともその証左になる。

地元マスメディアとグルになって世論形成を行っていた証左

4回目のゲーム条例検討委員会で招聘された香川県小中学校校長会や香川県PTA連絡協議会の代表は、個人向けで娯楽用途のITサービスが長時間使われることによる学業成績の低下を憂いていた*5。それもまた、上記の歪んだロジックを補填する素材になった。

以上の事実から、テクノフォビアに満ちた科学的根拠のない2つのロジックと、時代に即さないイデオロギー色の強い教育思想という、決して合体させてはならない3体の怪物が合体されて生まれた「キマイラ」が、ゲーム条例と断言できる。

キマイラのイメージ画像

キマイラ

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ご意見やご感想は、著者 [ X(Twitter):@Attihelo37392M ]までいただけると幸いです。

キミは無事に第1階層を踏破できた。
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参考資料

・香川県議会議事録 2020年04月30日:令和2年4月臨時会 (第1日)、本文
・香川県議会議事録 2020年07月08日:令和2年6月定例会 (第3日)、本文
・香川県議会議事録 2020年09月29日:令和2年9月定例会、文教厚生委員会[健康福祉部 病院局]、本文
・香川県議会議事録 2020年09月30日:令和2年9月定例会、文教厚生委員会[教育委員会]、本文
・香川県議会議事録 2020年10月06日:令和2年9月定例会(第3日)、本文
・井出 草平「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例を考える 講演資料 (2020年2月9日版)」
・香川県ネット・ゲーム依存症対策条例検討委員会 資料
*1 摂食障害情報ポータルサイト[専門職の方、一般の方]
(一般の方…http://www.edportal.jp/sp/about_01.html) 
(専門職の方…http://www.edportal.jp/sp_pro/outline.html)
厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」摂食障害
(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/disease/eat.html)
*2 内閣サイバーセキュリティセンター「インターネットの安全・安心ハンドブック ver.4.10」
*3 木曽崇によるオピニオンブログ「厚労省研究班調査:国内中高生93万人にゲーム依存の疑い?!が報道される前に」(http://www.takashikiso.com/archives/10185416.html)
*4 Ntaki(@nagataki)氏のツイートに基づく
(https://twitter.com/nagataki/status/1230060444062085121)
*5 2020年9月6日開催「みんなで考えるネット・ゲーム依存症対策条例」の質疑応答に基づく

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