スラタニ
タイのスラタニ中心部にあるホテルのトースターは、もう何年もベルトスピードがおかしくなっている。
ホテルの常連はそれでパンが焼けないのを知っているので、近くにいるウェイターにトーストを頼むと、奥にあるキッチンのフライパンで焼いてくれる。
速度を調整するノブが折れ、パンを焼くという仕事が少しもできないのに、毎朝そこにトースターは置かれている。
長い間このホテルを使っていると、トースターを使う客のリアクションで、彼らがこのホテルに初めて来たのか、そうでないのかがわかった。
誰もクレームをしないのか、それとも通過させるだけで満足する人だらけなのかはわからないけど、そんな些細なことでスラタニに来たという気持ちになった。
ホーチミン
ホーチミン市内にあるお気に入りのホテルが、知らぬ間に四つ星ホテルになっていた。
星の存在なんて1つも無かった周辺のホテル群は、今は昔から我々は四つ星でしたという顔をしている。
ホテルを使う理由は、朝食がとにかく美味しかった。
ビュッフェスタイルになっていて、朝の6時からやっていた。
僕は食べ物に関しては一度お気に入りのパターンが見つかると途端に保守的になるようで、ある時からはずっと同じパターンになった。
そのホテルを使わなくなる最後の日、初期からずっと作られていた真っ赤なスープの煮込みを、恐る恐る食べた。
見るからに激辛そうだし、到底食べられたモノじゃないと思っていた赤い煮込みは、今まで選ばなかったことを後悔するくらい美味しい肉の煮込みだった。
オーレスン
朝はとっくに訪れているのに、朝食の部屋は暗かった。
アジアにあるホテルと比較すると驚くほどチョイスが少ないが、パンとチーズだけはかなりの種類があった。
パンはトングで触れるとどれも音がするほど硬く、初めて訪れたとき、思わずため息が出た。
何種類もあってどれも硬いなんてどうなっているのだと思いながら、2、3枚を皿に乗せ、美味しそうなチーズを選んだ。
パンは見た目と変わらず予想通り硬いのだけど、今まで食べた事の無いような味わいがあった。
日本のパンは何でも柔らかければ正義みたいな感覚でいたが、それ以降、あのカッチカチに硬いパンを食べることが楽しみの1つになった。
プエルトモント
チリ南部のプエルトモントのホテルの多くは木造で出来ているが、ニスが塗りたくられた印象があった。
ニスを塗って強度を上げているのか、腐食を防いでいるのか、それとも古くなってツヤが出ているのかはわからないけど、どこもかしこも木がピカピカしている印象があった。
朝から肉料理が多く、チーズやアボカドもよく使われていて、若いときはかなり興奮した。
食べ物に対していつもいい印象しかないチリだけど、どのホテルに行ってもなぜかネスカフェのインスタントコーヒーだった。
たまにはと、少しいいホテルに泊まった時も同じで、料理はアップグレードされるが、コーヒーだけはいつもの赤いネスカフェの袋が出てくる。
ホテルに”ネスカフェじゃないプラン”みたいなオプションがあればぜひ試してみたいが、そもそも美味しいコーヒーを出すホテルがあるのかどうかは、僕の経験ではいまだ謎のままである。
大連
遼寧省・大連の中心部にあった焦げ茶色のホテルはとても広くて安いので、しばらくの間お気に入りだった。
それもいつの間にか五つ星という格付けをされ、最近は昔から五つ星ですと言わんばかりの顔をして建っているので、ホテルに星を付けるのが近年の流行りなのだろう。
中国で出される料理はどれも美味しいが、中でも朝食が好きだった。
具が入っていない真っ白な饅頭(マントウ)を幾つか皿に乗せ、粟や稗を使ったお粥に、ほんの少し魚粉と塩を振ればどれだけでも食べられるような気がした。
あのホテルの一番の自慢は、分厚いクッションを使用したベッドだったのだが、毎夜、取引先にさんざん酒を飲まされてからホテルに戻るので、広い部屋の奥にあるベッドに一度も辿り着かなかった。
いつもドア付近にあるレイジーチェア近くの床で寝ているか、惜しい時でもふかふかのベッドとふかふかのベッドの間の床に挟まるように寝ていたらしい。
いつしかエージェントは取引先に、彼はあんなに良いホテルにいるのに結局硬い床で寝るから、屋外で寝ているのと同じだというネタが営業トークになっていたし、これが随分と相手にもウケていた。
覚えとけよ。
バンコク
何かの大きな会合か展示会かで、一度だけいつものホテルに予約ができないことがあった。
代わりにエージェントが取ってくれたホテル名を運転手のポン(PON)爺さんに告げると、親指を下にした。
フロントも部屋も全く問題無かったので、爺さんがなぜ低評価をしたのかわからなかったが、翌朝になり全てがわかった。
このホテルはハイシーズンになるとアジアからの観光客を中心に団体客を入れる様で、朝食のスペースが修羅場になっていた。
料理も多いしチョイスは豊富なのだけど、皿に料理が乗っていない。
よく見ると、ある家族連れの父親がいま補充されたばかりの唐揚げを、ほぼ皿ごと自分のテーブルに持って行った。
唖然として見ていたのだが、食べられなかった客が催促してはまた補充される。さっきの父親を見ていた他の客も、同じようなことをした。
ビュッフェとは本来各自が好きな料理を取り分ける仕組みだが、彼らにとってのビュッフェとは、完全に食べ放題という概念なのだろう。
どちらでもいい気はするが、僕は翌日のホテルを、市内から少し離れた郊外のホテルに変えてもらった。
朝食は、その国の顔にもなる。
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