ポジティブなセルフサービス~触れ合いの食文化~
この記事【セルフ店は破格のグルメ 食券でフレンチ】は、人件費が高騰する中、飲食店が様々な業態を模索する様子がとても分かり易く紹介されています。『分かり易さ』の秘密は、業態という名のパズルをどのように解くのか(=どのような業態にするのか)、パズルのピースが円グラフで明確に示されている点にあります。記事中の円グラフを方程式に置き換えてみると――
▶売上高=食材費+人件費+家賃+広告費+水道光熱費+雑費+利益
――業態を変更する際には、これらの数値項目をどういじるかという事が決定的に重要になってくるのは明らかです。特に最も比重の高い食材費と人件費の合計、FLコストについては、売上高に占める比率(FL比率)が60%以下であることが経営の安定性を図る指標になっていると言います――
▶FLコスト=食材費+人件費
▶FL比率=FLコスト÷売上高×100
▶経営の安定性あり=FL比率≦60%
記事中にこのような数値項目が明示されていることで、この記事は、考えるための足場を提供してくれています。この方程式にのっとって、外食産業で広がるセルフサービスというものを考えてみました。
FLコストという本丸を検討する前に、まず外堀を埋めてみると――
(1)価格転嫁・・・人件費高騰をストレートに価格に転嫁することは、味が変わってないのに値上げすることであり、競争力の低下、客離れに繋がる、と考えられる。(2)利益圧迫・・・人件費高騰を利益を食い潰してしのぐことは、企業の体力を削ぐことであり、また、今後のさらなる人件費高騰にいずれ対処できなくなる、と考えられる。(3)家賃・・・家賃を抑制するために営業拠点を移すという選択はないではないが、トータルでの業態を考えた上での慎重な判断が必要。今の場所、今のお店に来てくれているお客様を大切にするという観点から、この考察では除外する。(4)広告費・・・今の時代は顧客が自ら情報発信(SNS、口コミ)する時代なので、そのようなユーザーのコミュニティーについて考える必要がありそうです(後述)。(5)水道光熱費・・・水道光熱費は、料理の質、衛生管理とも直結するので、絞りたくない。
――やはり、記事にあるように、FLコストをどのようにコントロールするか、ということから業態を模索する必要がある、という事が分かります。
FLコストを考えた時、食材費は、仕入原価低減という形でなければ、例えば質を落とすなどの施策は、明らかに採れるものではありません。食材費に関しては、仕入原価低減の努力はしつつも、お客様により良いモノを提供するという姿勢は崩せないと思います。そうなると、人件費高騰に対する抜本的な対策は、記事にある通り『セルフサービス』である、人件費そのものをかけない事だ、と思えてきます。
この点に関しては、日経電子版にとても参考になる記事【21世紀の企業と「働くお客」】(本稿末尾に添付)があります。この記事は、企業活動に顧客の労働を取り込む(セルフサービスなどはまさにその一例)、という斬新な切り口で、最後まで一気に読ませてくれます。前にこの記事について考えた時に分かった事は、顧客が労働の一部を(セルフサービスなどの形で)担ってくれることで、①そこに顧客とお店の接点が出来る事と、②顧客同士のコミュニティーが出来る事でした。
今の時代のユーザーは、『モノ』そのものではなく、そのモノによって得られる体験=『コト』の方を重視しますから、どのようなUX(ユーザーエクスペリエンス)をデザインするか、という事がその商品(モノ・サービス)の質、つまり売れ行きに直結すると言えます。外食産業の場合であれば、飲食店に料理を食べに行って得られる体験です。その体験の中にセルフサービスという体験をデザインする、義務的なものではなくポジティブなセルフサービスとしてデザインする事にはどんな効果が期待できるでしょうか――
(1)【「おいしくなった」という体験】・・・セルフサービスを採用することによって人件費の高騰分以上のコストが浮き、その分を食材費の充実に当てれば、純粋に「おいしくなった」という体験を顧客に提供できる。(2)【感想を言うという体験】・・・セルフサービスになって、顧客と厨房が直結することは決定的です。出来上がった料理を受け取りに行った時、あるいは下げ膳の際に、顧客と厨房の間に親しくコミュニケーションが醸成できれば、お店は顧客の素直な感想、意見、顧客の求めているもの、といった貴重な情報を共有できます。それは、お客様が、単なる消費者から、お店のパートナーになった瞬間です。(3)【セルフサービスというエンタメ体験】・・・セルフサービスになると顧客は必ず店内を動き回ることになります。その体験を、実用的・義務的なものからエンターテインメントに昇華できれば、そこには賑やかに周囲とのコミュニケーションを楽しむ雰囲気を作り出せるはずです。(4)【ユーザーコミュニティーの誕生】・・・セルフサービスが媒介となって店内で顧客同士のコミュニケーション、繋がりができ、料理はおいしいし、厨房の人達と気さくに意見交換できる、さらにはインスタ映えなど様々な要素が重なることで、ユーザーのコミュニティーが生まれてくるようになれば素晴らしい事だと思います。お店のサイトにSNS交流サイトの機能を持たせることは必須ではないでしょうか。
外食産業の世界からフルサービスの『おもてなし』がなくなることはないでしょう。ですが、全ての顧客が、TPOにかかわらず、そのような『おもてなし』に固執するとは思えません。むしろ、『おいしさ』や『賑やかさ』などの体験を味わえるのなら、セルフサービスの文化が一気に外食産業の世界に拡がる可能性は否定できません。それは、日本人だけでなく、インバウンドでも同様です。私が海外に行って食事をするなら、地元の人との触れ合いのありそうなセルフサービスのお店を選びます。フルサービスのUXが目的ではないからです。本来、食とは『触れ合い』の文化ではなかったでしょうか。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO32919390S8A710C1H49A00/
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31664060S8A610C1TCR000/
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