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こんにちは、母さん

 御年91歳の山田洋次90本目の監督作品。
 東京·向島に暮らす福江(吉永小百合)のもとに息子の昭夫(大泉洋)が帰って来る。大企業の人事部長である彼は同期の木部(宮藤官九郎)のリストラ問題や自らの離婚問題、娘の舞(永野芽郁)との関係に悩んでいた。一方の母・福江は牧師の荻生(寺尾聰)とのささやかな恋にときめいていた。

 生き方がどこか苦しげな男達(大泉洋・宮藤官九郎・田中泯ら)に比べて、女達(吉永小百合・永野芽郁・YOU・枝元萌ら)のなんといきいきした事か。福江のもとに集う女性達はユーモラスで明るく、力強い。男性達は何か(組織・家庭・プライドなど)に縛られ、身動きもしづらいような様子。老いては子に従え、というが、今は、老いては女に従え、かもしれない。

 見逃せないのは、昭夫の言動に見られる「差別意識」である。せんべい屋の女房である百惠(枝元萌)に向かって、「せんべい屋になればよかった。せんべい作ってりゃ裏切られない」などと言う。そこには街のお店屋さんへの差別意識が垣間見られる。それが色濃く露呈するのは福江との口論の場面。明夫は「大企業の人事問題と母さんのやっているホームレス支援は全然違う」と言う。そこにあるのは抜き難い特権意識とやむにやまれずホームレスになってしまった方への想像力の欠落である。荻生に対しては「僕も牧師になればよかった」と軽口を叩く。意識した差別より無意識の差別の方がこわい。

 イノさん(田中泯)が昭夫に東京大空襲の話をする。浅草から向島へ、向島から浅草へ。燃えさかる炎の中、逃げ惑う人々。言問橋から隅田川に身を投げて助かった。山田洋次は生きる事は肯定するが戦争は否定する。

 「こんにちは、母さん」の意味はラストで分かる。ある決意を話した昭夫に母は「お母さんの出番だね」と嬉しそう。失恋して生きる意味を失いかけた彼女がもう一度「母親」という役割を与えられ、息を吹き返すのだ。思いがけぬ花火の音に思わず外に出た母は息子が生まれた日の事を語る。母の笑顔と夜空に打ち上げられた花火を以てエンドロールとなる。

 この人生は生きるに値する。

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