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旅の視点が日常をもっとおもしろくする。

「日常をもっと愛する旅ってなんなんだろう?」

旅を旅でおわらせるのではなく、帰ってきてから、日常を、そしてその先の未来をもっとおもしろくしていくための旅ってなんだろう?

車を運転しながら、ポッドキャストを聞き流していたら、その問いかけにピクっと反応した。

クアラルンプールに住みはじめて、もうすぐ3年目。マンネリ気味なわたしの習慣に風穴を開ける問いだった。

普段見過ごす扉を開けてみる

あくる日、いつものように近所を散歩していた。

可愛がっている野良犬が、歩いて15分くらいの丘の上に住みついている。その犬たちに会いに行くのが、土曜日の朝の日課だ。

犬たちがたむろしている場所の裏手は、森になっている。その森の入り口には、トタンでできた扉があるのだ。

普段は、気にも止めずにそのまま通り過ぎるのだが、先日のポッドキャストの問いかけがふと頭をかすめる。

もしこれが、旅の途中であったら、わたしはどうするだろうか?きっと、スルーせずに、その扉をあけてみたくなるだろう。

あっ、そうか。

旅をしている時は、好奇心のアンテナがマックスだが、日常に戻ると忙しさにかまけて、そのアンテナが機能しなくなる。

きっとそれが、日常を平凡で色褪せたものにしてしまうのだ。

トタンの扉のその先

扉の先にあったもの

扉を恐る恐る開けてみた。

目の前には、どこかにつながる細い山道が続いている。

廃棄処理場だったり、自殺の名所だったらどうしようなど、よからぬことが脳裏にうかぶ。

幸いにも、目の先を歩く人がいたので、そのままついていった。

30分くらい歩いただろうか、急に視界がひろがった。目の前にたちはだかるのは、4本の分かれた道。

目の前を歩いていた人は、いつのまにかいなくなっていた。

えっ、これやばいやん。どこにいけばいいのか。

試しに、4つあるうちのひとつに分け入ってみたものの行き止まり。

もうひとつは、途中で、木に括り付けられた、赤い布がよからぬことを連想させるで、引き返した。

オロオロしていると、遠くで人の話し声が聞こえてきた。しばらくすると、おばちゃんたちがぺちゃくちゃ喋りながらやってきた。

これはチャンスとばかりに、道を尋ねる。

「出口はね、ここから5キロくらい先にあるよ。こっちからいけばいつか外に出られるから」

少し、心配そうな表情をうかべながらおばちゃんはわたしを見る。

5キロですか… ここまできたら、引き返せまい。しかし、頼りのGoogle mapも使えない。

こうなったら、あの手、この手を使って、出口まで辿りつくしかないのだ。

擦れる葉っぱの音にビビりまくる

教えてもらった道をひたすら歩いてゆく。

再び、人気がなくなってゆく。
ガサガサっと、葉が擦れる音に嫌な記憶が蘇る。

以前、タイのチェンマイでトレッキングをした時、カサカサと葉が擦れる音が聞こえてきた。

しばらく、立ち止まって様子をうかがっていると、いきなり、なにかの物体が猛スピードでこちらにやってくるのを確認した。

それは、黒と黄色のシマシマ模様の蛇だった。見た目がかわいらしかったので、そのままじっくりみていたら、友人にどつかれた。

「あれは、猛毒をもってる蛇だよ。噛まれたら即死だからね」

その時、全身の血の気が引いていったのは今でも忘れられない。

その記憶が、蘇ってきたのだ。

すれ違う人に聞きまくる作戦

ビビりながら、人の足跡を辿りつつ山道をすすんでゆく。

自分が一体どこにいるのかもらわからない不安につつまれながら、とにかく歩く。

しばらく歩いていると、人の気配を感じた。休憩場所がそこにはあった。

コーヒーをのんびり飲んでいるおっちゃんたちに出口の方向を聞いてみる。何を言ってるかよくわからないけれど、どうやらこの道をすすんでいけばいつか出口に辿り着くらしい。

その後も、すれ違う人たちに聞きまくって、道なき道を進んでゆく。

途中、出口まで2.5キロあるよ、といわれて目が点になった。まだまだ、ゴールは遠い。

引き返すほうが確実だが、きた道を戻るのは、精神的にキツイものがある。

なんでこんなところにやってきたんや。
気持ちが萎えそうになりながら、とにかく歩く。

道がわからないので、景色をたのしむ余裕はない。



しばらくして、すれ違う人の数も増えてきた。木の隙間から、住宅街も垣間見える。

気持ちにも余裕ができてくる。

足取りも軽くなり、そのまま一気に、山道を降りていった。

脇道に目をやると人工の歩道がみえてきた。

やっほー。

これで完全に緊張の糸はほどけてしまった。
猿の親子が遊んでいるのが微笑ましい。

いつのまにか6キロもあるいていた

好奇心を日常で発揮してみる

出口にたどりつくと、目の前には公園がひろがっていた。

喉がかわいたので、飲み物をさがす。公園を出たところに、ココナッツウォーターのスタンドがあった。

フレッシュなヤシの実を、ナタ包丁で叩き割ってもらう。溢れんばかりのジュースが滴り落ちる。冷えたココナッツウォーターが火照った身体にしみわたる。

ココナッツウォーターってこんなにおいしかったけ?

見慣れたはずの店頭に並ぶ南国のフルーツも、どこか色鮮やかに目にうつる。

そういや、俺、南国に暮らしているやなあ。
なんだか新鮮な気分になった。

クアラルンプールに住みはじめた頃は、あれもこれも物珍しく、毎日、旅をしている気分だった。

しかし、生活に慣れてくると、あらゆるものが目の前をスルーし、関心がなくなっていく。忙しくて気持ちの余裕がないとなおさらである。

だからこそ、少しでも気になるものがあったら、面倒くさがらずに、その扉を開いて見てみよう。

そうすると、ただすぎてゆく日常の風景も、旅で見た絶景に変わってゆくのかもしれない。

うつくしいもの、おもしろいものは、すでにそこにある。

それに気づくか、気づかないかは、わたしたちの意識次第なのである。


トレッキング情報

後で気づいたのだが、わたしが辿ったルートの一部は、人気のトレッキングコースだった。

わたしは住んでいるMont Kiaraという場所からスタートしTTDI Parkに出たが、TTDI Park周辺のコースでも充分たのしめる。

どんな様子か知りたい方はこちらをどうぞ

近くには、おいしいご飯屋がたくさんあるので、トレッキングの後に、ブランチもたのしめます。以下の三件がおススメです。

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