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竜宮城には行けなかったけれど

「飼ってもいいでしょう?」 

はるちゃん(11歳)はじっとわたしの顔を見つめた。今から22年前、小学校5年生の春休みだった。

はるちゃんは駅前公園に友達と遊びに出かけた。公園には人工の小さな池がある。

3人の中学生が傘で池の中をつついていた。傘の先にいたのは小さなミドリガメだ。
逃げまどう子亀を見て笑っている。

「助けたい」
そう思っても、はるちゃんには何もできなかった。

やっと中学生たちが立ち去ると、行動を開始した。友達が持っていた虫取り網で格闘1時間。ついに子亀を捕まえた。虫取り網は裂けてボロボロだ(あとで弁償した)

そして冒頭に戻る。
「このカメ、池に戻すとまたいじめられちゃう」

「ちゃんと面倒を最後まで見られるの?」と問う母(わたし)。

「ちゃんと面倒をみる。最後までみる」

11歳のはるちゃんの選択だった。
ーーー

ここまで真剣なのは、理由がある。

はるちゃんは、アレルギーで1歳過ぎから11回入院していた。
呼吸困難により、生命が危ぶまれる時期もあった。

原因の1つがダニやホコリだ。 

小学生になって、症状は落ち着いてきた。
しかし、医師から
「毛のあるペットは一生飼わない方が良い」と言われていた。

犬や飼いたくても
猫を飼いたくても、
我慢した。
仲良しの友達が誕生日にハムスターをプレゼントされていた。うらやましくても、ただじっと耐えるしかなかった。

毛がないカメなら条件クリアだ。


ーーー

はるちゃんは「ミドリガメの飼い方」という本を買ってきた。
読みこんで、それを実践した。


●きれいな水を飲まないと脱水になる。
●体をブラシで洗わないと病気になる
●日光浴をしないと甲羅が柔らかくなる

「おいしい水を飲むからフンをするんだよ。
だから汚い水のままでいたらかわいそう。
人間だって、汚い水は飲めないでしょ」

そう言って、水を替えていた。

名前はカメ吉。
後日、女の子であることがわかったが、名前はそのままだった。

我が家に来て2ヶ月。日光浴中
大きさ8センチくらい



ーーー
毎日2階のベランダを散歩し、
体を洗ってもらい、
きれいな水を飲んで、エサを食べる。
夜はリビングに置かれたケースの水の中で、眠る。


カメ吉は順調に大きくなったが、1度だけ飼育続行の危機があった。

サルモネラ騒動だ。
はるちゃんが高校1年生の頃、
ミドリガメがサルモネラ菌を持っていると話題になった。
感染をしたら大変だ、と言う理由で、たくさんのカメが捨てられた。小学校の学級で飼っていたカメは、心配する親たちによって処分されたともいう。

親戚のおじさんから捨てるように言われたはるちゃん。

「カメを触ったら、毎回、石鹸で手を洗えばいいだけだよ。
捨てるなんて、ゴミじゃないんだから」

事実その通りで、何の問題もなかった。

ーーー

カメ吉の望みは、家の中のじゅうたんの上でまったりすることだ。

カメ吉は網戸が開けられる。

ベランダの散歩中に、網戸の前で立ち止まる。
網にツメを何回も引っ掛けて開けてしまうのだ。
たゆまずチャレンジする、努力の天才なのである。
気がつくとカメが子供部屋やリビングにいる。
「カメ吉!」
大騒ぎだ。机の下におしっこをされたことがあった。

そのため理科系夫が網戸の下部分にプラスチックの板を固定。ツメをひっかけられなくした。

カメよけ
網戸の下部分をプラ板で固定
(by理科系夫)



すると、人間が網戸を開けた時に入ってこようとする。
飽くなきバトルが繰り広げられ、その度に家族で驚き、笑い転げた。

ーーー
はるちゃんは大きくなった。
大学生になり、就職した。
カメ吉も順調に大きくなった。

はるちゃんが面倒を見られないときには、
2歳年下のなっちゃん(次女)や
母親である私が交代でやっていた。

はるちゃんが結婚した。
新居のマンションはペット不可。
カメ吉、実家に置き去りに。
なっちゃんがいたのでどうにか面倒がみられた。
でも、とうとう第2の危機がやってきた。

なっちゃん結婚である。
2020年3月、我が家は60代の夫婦2人だけになったのだ。

ーーー

毎日の水の入れ替えはけっこう重労働だ。
重い水槽を抱えて、水を捨てて、洗う。
また、新たな水を入れる。

はるちゃん(31歳)と話し合った。
そして、カメ吉がいなくなったら?と想像してみた。

ベランダで気持ちよさそうに寝る姿。
あくびをする姿。
びっくりして、驚くほど速いスピードで歩く姿。
網戸を開けて家の中に入ってきて、追い出される姿。

その姿は、私たち家族の癒しだった。

ベランダに人がいると
向かいからカメ吉が歩いてくる。
鼻の先をそぉっと、人間の足につける。
ほんの一瞬だけ。
ちょん。
そして、行ってしまう。
「1秒あいさつ」と呼んでいた。

ーーーー

はるちゃん「カメ吉は家族だから、
やっぱり最後まで責任を持ちたい。
将来、カメ吉が飼える家を用意できるよう頑張るから。
だからそれまでお願いします」

母であるあつこが、60代のうちは
なんとか面倒をみられるだろう。

1日につき100円の飼育代をはるちゃんから受け取ることにした。
1ヵ月で3000円だ。


冷たく見えるかもしれないが、報酬があった方が良いと判断した。
結果的にこれは正解だった。
わずかなお金でも、そこに責任が生じるからだ。

獣医代(医療費)、エサ代、冬のヒーター代は実費を請求した。


ーーー

はるちゃんの11歳の決断は
私たち家族に
最後までペットの面倒をみる楽しさと難しさを教えてくれた。

カメ吉は、いるだけでいい。
たくさんのいやしを与えてくれている。

お礼の竜宮城には
連れて行ってくれなかったけどね。

カメ吉、甲羅の長さは30cm。
我が家に来て、23年目に入った。
今日もベランダを散歩している。

我が家に来て22年と6ヶ月
大きさはおよそ30センチ

ーーー
参考
現在、条例によりミドリガメを捨てることはできません。終生飼育が推奨されています。

環境省ホームページより



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あつこ (63) フワフワ文系妻 定年理科系夫 育て中
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