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『老人と海』――小さな視点から茫漠に広い世界をのぞむ(小説/ヨルシカ楽曲)

もちろんタイトルと著者のことは知っていましたが、この本を手に取ったのはヨルシカとのコラボカバーに惹かれた軽率なジャケ買いでした。
読んでみて、読んでいくうちに惹き込まれて、結局一気に読んでしまった。
元々のきっかけだったヨルシカの曲も聴いてみたら好きな要素ががっつり抽出されていて感動したので、ツイートだけでなく記事に残すことにしました。

ブックカバーも青だった〜 良い青!

ちなみにどうやら2021年11月に購入してますね。。。1年以上積んでおりました。。。

小説感想

実はこの本、冒頭だけ読んだまま放置していたのですが、いざ読んでみたら1/3くらいから特に引き込まれて何だかんだ一気に読んでしまいました。
『老人と海』というタイトルは本当にシンプルですが、そういう個人的で小さな視点(=老人)から、無限で茫漠な世界(=海)に向き合う話として面白かったです。

いざ海に出ると老人のモノローグがひたすら続きますが、その人間くささと必死さが生々しかったですね。
私は大学でユリシーズ(ジェームズ・ジョイス)の授業を取ったりヴァージニア・ウルフを卒論で書いたりしたので「意識の流れ」? と思う部分もありましたが、でもジョイスと親交を持って影響を受けたことがあるっていうのをあとがきで見て納得でした。

*意識の流れ(stream of conciousness)

登場人物の感情や思考を、認識していくがままに表現するために使用されていた文学の表現形式。明確な統合や構成を組まず、長く継続的な文章の断片が用いられる。

a style in literature that is used to represent a character's feelings and thoughts as they experience them, using long, continuous pieces of text without obvious organization or structure
Cambridge Dictionaryの訳

どこまで続くかわからない時間、空間の中でのモノローグ、躊躇いや自分に言い聞かせる言葉が全部羅列されるの、人間……という感じでよかったです。

「おれは変わり者のじじいなんだと、あの子にも言ったことがある」老人は言った。「それを証明するときがきたってことだ」
 それは、いままでにも何回証してきたかしれない。が、そんなことはどうでもよかった。いま、老人は再度それを証明しようとしていた。一回一回が新たな挑戦だった。過去のことなど頭の片隅にものぼらない。
 やつが眠ってくれればこっちも一眠りして、ライオンの夢など見られるんだが。それにしても、なぜライオンばかり夢に出るようになったのか。いや、いまは何も考えるな、じいさん、と老人は自分をたしなめた。舟板にゆったりともたれて、頭を空っぽにしろ。やつは休まずに働いている。こっちはできるだけ休んでいよう。
高見浩訳(新潮文庫)pp.69-70

そして老人を慕う少年がいて、船出の前後に彼が示されて、でも漁には結局一人で出るという構成がよかったです。
老人を慕う少年の姿はメインとなる船出の前と後とで出てくるけど、ずっと不漁に悩まされている老人をそれでも慕う少年、あの漁を乗り越えた老人を慕う少年、という形で全然印象が違って唸らされました。

老人と少年の関係性で言うと、「個人的で小さな視点(=老人)から、無限で茫漠な世界(=海)に向き合う話」と先に述べましたが、小さな視点を少年、無限で茫漠な世界を老人、と見ることもできそうです。
絶対に追いつけない年齢や経験、少年にとって老人の過去を知ることは不可能で、そこは想像するしかないから。一生追いつけない、一生知ることのないという無限な世界。
老人は漁や、漁の中で出会う生き物たちを通して海に繋がるし、少年は言葉や行動を通して老人に繋がるのでしょう。
小さな存在として、私は老人にも少年にも自分を重ねることができる。だから老人を慕う少年がいてよかった、と思うのかもしれないです。

そしてそれだけじゃなくて、少年から老人への敬愛が見えるのと同じくらい、いやもっと分かりやすく、漁の中で老人が少年をも思い出しているのがいい。
冒頭で老人は少年に対して「おれたちは(すぐに気が変わる少年の父親とは)ちがうだろうが。なあ?」と呼びかけたり、ビールを奢るよという少年に対して「そいつはいい」「お互い、漁師仲間だからな」と答えたり、同じ感覚や生業を共有する者同士としての眼差しを向けています(p.9)。
そして漁の途中でも、以下のように彼を何度も思い出す。

あの子がいたら、すべり出る綱を濡らしてもらえるんだが、と老人は思った。そう。あの子がいてくれりゃ。あの子がいてくれりゃ。
p.87

帰ってきて老人は直接「おまえにいてほしかったぞ」(p.132)と言いますし、少年はめちゃくちゃ泣いてるし。
ここまで散々、少年から老人に対するものとして無限性を挙げてきましたが、この老人が帰ってきた終盤、泣き通しで未来への言葉を重ねる少年は、逆に(?)当たり前に二人の共有できる時間が有限であることを実感しているように思います。

「これからのこと、いろいろ相談しようよ」

「また一緒に漁に出ようよ。もっともっと、教えてもらいたいんだ」

「早く治ってくれないと困るんだ。教わりたいことがたくさんあるし、おじいさんは何でも教えてくれるんだから」
p.132、p.132、 p.133

この終盤のシーンはちょっとできすぎというか、理想的すぎる感が否めないなあという気持ちもありますが(不漁続きの老いた漁師が大物を捕らえるも獲物はサメに食われて不完全な状態になる、帰港して彼を慕う少年が泣いてこれからの時間を望む――)、でもやっぱり少年が未来を望む言葉にはグッときてしまいます。

と、まあ読んだ直後はここまで考えてなかったけど、やっぱり文章に起こすと書きながら色々出てきますね。
時間の隔たりや空間の隔たりが絶対的であること、一人では生きていけないこと、何かを成し遂げたいと思ってしまうこと――言葉にすれば一般論かもしれないですが、そういう人間らしさが描かれていてよかったなと思います。

ヨルシカ楽曲感想

さて、読んだあと割とすぐにヨルシカの「老人と海」を聴き直しました。
読んでから聴いた感想としては、めっちゃ、いい。。。
私はこの歌は少年視点なのかなって思って聴きました。

Aメロとかの生活感にみちた小さな視点と、海の方へと臨むサビの大きな視点が対照的で、「想像力の向こうへ」っていうフレーズが使われてるのも好きです。
少年にとっては老人だけじゃなくもちろん海も未知の世界で、そこから「遥か遠くへ」と望むことの瑞々しさというか。

靴紐が解けてる 木漏れ日は足を舐む
息を吸う音だけ聞こえてる
貴方は今立ち上がる 古びた椅子の上から
柔らかい麻の匂いがする
歌い出しAメロ
遥か遠くへ まだ遠くへ
僕らは身体も脱ぎ去って
まだ遠くへ 雲も越えてまだ向こうへ
風に乗って
僕の想像力という重力の向こうへ
まだ遠くへ まだ遠くへ
海の方へ
1番サビ

「まだ遠くへ」というのは本当に何度も繰り返されていて、サビでは「海の方へ」と締められるけど、少年にとっての老人の境地というか、自分の立ってる場所と老人の立つ場所が離れていて、老人のところへ行きたいって言ってるように聞くこともできそうです。
老人自身への敬愛もそうだし、(老人が向き合ってきた)海に対する憧れや畏敬もそうだけど、距離があるからこそ憧れて、そこに向かっていきたいという切実さや力強さが好きです。

あとは、「僕ら」っていう一人称が使われてるのもすごくいい。
人生の終わりに近付きつつある老人と、親の言いつけも守らなきゃいけない子供である・始まりの最中にある少年の対照性を感じさせられる中で、追いかけたい気持ち(=追いついていない前提)があって、それでも「僕ら」と相手を内包する言葉を出てくるのが。

この歌詞の中では基本的には海に向き合う「僕ら」が基本的な一人称で、「僕」が出てくるのは「僕の想像力という重力の向こうへ」「僕はついにしゃがみ込む」「ようやく僕は気が付く」というところ。そして老人は「貴方」という二人称です。
海の方へ向かうのは常に「僕ら」で、「僕」はまだ色んなことに縛られていて、「貴方」がそんな自分の手を引いてくれる。
僕から貴方へ向ける眼差し、そして僕らが海に向ける眼差し。
近いところにある無限と、遠くまで広がる無限と、その緩急がやっぱり好きです。

そして小説では、貴方(=老人)から僕(=少年)に向けられている眼差しも示されている。だからこそ僕は「僕ら」と言えるのでしょうが。
双方向であることの尊さというか、曲における視点を一人だけに絞っているからこそ、実はこの少年の手を引いてくれている人も、この少年を隣に望むんだよな、ということに思いを馳せる余白があって好きです。

原作も曲も、何かを望むこと、希望にすること、そういう側面が描かれててよかったなあ〜。
人間が何か望まずにはいられない、分からない何かに惹かれてしまう、そういう要素が好きなので、小説も楽しみましたし、ヨルシカ楽曲での抽出の仕方が本当にツボでした……。

ヨルシカの曲を文学作品と合わせて楽しんだのは今回が初めてでしたが、また別の曲でもやりたいな。
そしてこれまでライト文芸や漫画の感想を結構書いてたので、いわゆる文学の感想を書くのも楽しかった。またやりたいです。

それでは、今回の記事はこのあたりにて。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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