ホームレスにおける住居権の脱植民地化の試み:周縁化の文脈での居住用借家法の表象分析 Decolonizing Housing Rights in Homelessness: An Analysis of the Portrayal of the Residential Tenancy Act in the Context of Marginalization
2023年11月10日
はじめに
このnoteは、『賃貸契約者の権利をめぐり戦う借主たち(The Social Housing Tenants Fighting for Renter Protections)』(デニス、2023)というTyeeの記事を分析するものです。法律、具体的には「居住用借家法(Residential Tenancy Act、RTA)」に焦点を当て、それが権力や社会の正義、そして社会的に弱い立場の人たちを支配する一種の国の考え方の一部としてどう表現されているかを分析します。
この記事を批判的に見ることで、デニスが見逃しているかもしれない、先住民の視点や、権力の中で隠れているダイナミクスを明らかにしようとしています。具体的には、法律上の人格という考え方を使って、記事が法律をどのように描いているかを調べ、法に関する背景を説明します。社会的に抑圧されている人たちや、その権力構造に焦点を当てます。
次に、記事で見逃されている先住民の視点について話し、最後には、自分がどのような状況にいるかを考えながら、自分の考えを自己内省的(self-reflexive)に振り返ります。
この文章は、私がソーシャルワークの法律に関する授業で書いた英語のレポートを元にしています。その点をご了承ください。
ホームレスの人々の「法律上の人格(the legal person)」について
デニス(2023)は、BC州NPO住宅協会へのアトキーCEOにインタビューの中で、支援型住宅における居住用借家法(RTA)がどのように「グレーゾーン」として捉えられているかを説明し、様々な人々の意見を取り上げて、この法律について紹介しています。RTAは支援型住宅には適用されず、「居住者は、どのように立ち退きを行わなければならないか、家主がいつ部屋に入ることができるか」などに関する権利と責任が法律で保護されていないまま、問題が放置されていると指摘しています。
ハンター(2013)によれば、法の前にいる「法的な人間」は、理性的で自律的で普遍的な「男性的」個人であるとされています。この視点からすると、「グレーゾーン」にいる人々は、法の前では完全な人間と見なされず、その「排他性(exclusion)」の面において法に含まれていると言えます。
さらに、RTAはシェルターや依存症からの回復治療施設、一時的な住宅(transitional housing)には適用されません。これらのサービスを利用する人々は、特定の住居を持たない社会的に弱い立場の人々であり、しばしばメンタルヘルスや依存症の問題を抱えています。
デニス(2023)は、アトキーの主張とフライの主張を対比させながらも、多様な意見を公正に紹介しています。しかし、議論の核心は、法律が社会的弱者を人間以下の存在として扱っているかのように、彼らを価値のない貧困者とみなしている点にあります。こうした態度が続く中で、社会問題に対する説明責任が隠蔽され、法的な公正と正義への疑問が生じています。
RTAのインターセクショナルな抑圧の構造
多くの意見を取り入れつつも、デニスが主にRTAによって排除された人々に焦点を当てていることは理解できます。この記事は、NPOが運営する支援型住宅に住むステファン・ブレイズの話から始まります。デニスは、「(アパートの)玄関のドアを開けるために鍵を持つことは、ほとんどの借り主が一日に何度も何気なくやっていることだ」と語り、支援型住宅に住む多くの住民が直面している不公平さを浮かび上がらせます。そして、ステファンが自分の家に自由に出入りする権利を取り戻すことに成功したエピソードを紹介しています。RTAの詳細は、この成功体験を通じて解説されています。
記事の後半では、ニコール・マクニールが、エリザベス・フライの支援を受けながら、支援型住宅の居住者の権利を訴えている様子が描かれています。ただし、記事で触れられていないのは、マクニールがカナダ住宅抵当公庫(Canadian Mortgage and Housing Corp)のような機関で働いた経験があり、そのため住居権を主張する手段を知っていたという点です。しかし、多くの居住者が同様の経験を持っているわけではありません。こうした問題に直面する人々の社会的立場には、複雑な権力関係のダイナミクスが存在することが理解されます。
フレミングら(2019)が行った調査では、バンクーバーのダウンタウン・イーストサイド(DTES)の支援型住宅からの退去に直面した薬物使用者が、RTAに基づく自分の権利を知らなかったり、自分には資格がないと考えて立ち退きに異議を唱えなかったことが明らかになりました。法的支援を受けるための知識を持たないという問題は重要であり、他にもさまざまな形の支配関係が存在していることがわかります。
チャンとチュン(2014)によれば、しばしば有色人種は「理想的な」犯罪者と見なされ、被害者としての権利が低く評価される構造が存在します。DTESの人々はこの傾向により人種差別を受け、他者化されているのです。RTAの背後にある考えは、一時的な住宅(Transitional housing)や依存症からの回復住宅(Rehabilitative housing)に住む人々が本質的に危険であるというイメージから来ています。つまり、彼らは自らの選択により自己責任で現状に陥り、その結果、彼ら自身が危険性が高い「理想的な」犯罪者と人種化(racialized)され、差別されているのです。実際には植民地主義の影響と、行政の失敗の結果という背景があるにかかわらず、そうした構造は看過・免罪され続けています。このイデオロギーに基づき、権力者たちが彼らがRTAの下での権利を持たないと判断した結果が現状を生み出しています。
こうした抑圧は引き金となり、すでに不運な状況にある人々にさらなる複雑な問題をもたらしています。深刻な中でも、RTAの除外がもたらす最も深刻で残酷な影響は強制退去(Eviction)です。NPOが運営する支援型住宅や民営のSRO(Single Room Occupancy)において、最初の退去通告から立ち退きまでの平均期間は5~6日で、RTAの定める2カ月の通告期間よりもかなり短いです(Fleming et al., 2018)。女性は、警察の介入が必要なパートナーによる事件が原因で立ち退きを迫られることがよくあり、不法な立ち退きの後にはしばしば深刻な暴力に巻き込まれることが報告されています(Collins et al., 2018)。障がい者、性的マイノリティの人々、メンタルヘルスや依存症の問題を抱える人々は、このような急な立ち退き後、暴力に対する脆弱性が高まるでしょう。こうした視点から、この問題に内在する権力関係と支配の形態は、明らかに生権力(Bio Powe)に属し、人口抑制の文脈で誰が生きるに値し、誰が死ぬに値するかを決定するものと考えられます(Hightower and Anker, 2016)。
植民地主義と住居権の関係を再考する
次に、もう一つの支配形態である植民地主義についてお話ししましょう。デニス(2023)はこの記事で、抑圧された人々がどのように闘っているかを、彼らの声を前面に押し出すことで見事に描き出しています---「(こうした制度は)私をとても孤独にさせた」
私の解釈では、植民地支配が個人の命を分断し、RTAに規定された権利を組織的に奪う深刻な問題がここに生じています。記事では何度も強調されているように、居住者が従わなくてはいけない建物の規則(Building Regulations)の大半は、訪問者の制限に関係しています。これは、自然やコミュニティとの関係性や集団的なつながりを重視する先住民の認識論と真っ向から対立しています(Young, 2016 & Blackstock et al., 2020)。
ダウンタウン・イーストサイド(DTES)が今日のような状態になり始めた頃、メンタルヘルスや依存症の問題を抱える人々の施設収容を廃止し、コミュニティを基盤としたケアを可能にする考え方が根底にありました(Campbell et al., 2009)。しかし、NPO団体や民間の建物(一般的にSRO "single-room occupancy" と呼ばれる)の管理者たちは、こうした制限的な規則(Building Regulations)を課すことで、個人をコミュニティから引き離していきました。ホームレス人口の40%が先住民族であることを考慮すると(City of Vancouver, 2020)、既存の住宅制度は先住民の人々を彼らの土地、コミュニティ、リソースから引き離し続ける植民地プロジェクトの制度の1つであるといえるでしょう。植民地的影響のさらなる定着を阻止し、脱植民地主義を目指すためには、より協同的な努力が必要であると言えます。
ホームレスと結びついたこの住宅の窮状を脱植民地化するためには、住宅の権利と土地の意味を再考し、再定義することが不可欠といえます。こうした考察は本稿の枠を超えるものではありますが、デニス(2023)の示す人々の抵抗の物語に併せて、いくつかの提案をしたいと思います。
法律上、住宅は人権ではないと主張され、それによって政府は個人に住宅を提供する法的な義務を免れきました。多くの社会活動家たちは、住宅を基本的人権(Housing as Human Right)として法的に認めるよう粘り強く取り組んできました(Tarantino, 2010)。とはいえ、「権利」という概念は本質的に西洋的なものであり、排他的な個人の自律性を強調することに根ざしています。Blackstockら(2020)は、西洋的な「権利」という概念は、先住民文化に固有の集団的、関係的、コミュニティベースの認識論や、先祖とのつながりを重んじ、何世代にもわたる継続的な時間に対する深い感謝の念を見落としていると指摘しています。土地を所有するという概念は、人間こそが土地に帰属すると定義する先住民の哲学とは正反対です(Valverde et al., 2021)。
脱植民地化の枠組みを通してホームレス問題と住宅問題に真正面から取り組むためには、単に参照点としてではなく、土台となる骨格として先住民の認識論に解決策を根付かせることが不可欠です。
デニス(2023)は、マクニールと仲間の居住者がNPOの住居提供側といかに連携を図ったかを描き、その結果陥った無力感をあらわにしています。: 「私たちにはなんの発言権もない(中略)まるである種の収容施設のようだ」(デニス、 2023)。この発言は、支援型住宅の核心を捉えています。居住者が意思決定過程に参加しようとしているにもかかわらず、現状、支援型住宅は絶え間ない監視と取り締まりによって特徴づけられる「収容施設」の性格を持ち合わせており、そうした協同的関係を築くことが困難となっています。
ボイドら(2016)は、支援型住宅の構造は警察署のそれに酷似しており、実際の警察官が施設を定期的に訪問していることは言うまでもなく、職員と居住者の関係はしばしば階級・上下関係的であると観察しています。支援型住宅の運営のダイナミクスが際立った緊張関係にあるのは、植民地主義の残滓が個人の生活を支配し、制限を課していることを象徴しています。しかし同時に、こうした監視システムを無くすことは居住者にリスクをもたらす可能性もあります。それはデニスが紹介する監視制度を評価する居住者の声にも反映されるものです。重要なのは、こうした支援型施設を運営する側が居住者と協同し、相互の信頼を育み、植民地主義とホームレスという根強い構造を解体するために共に歩み寄って取り組む姿勢であるといえます。
私の立場と植民地支配への加担
ここで、私自身の立ち位置(Positionality)と、それがこの問題の分析に与える影響について述べたいと思います。私は当初、社会正義への熱意を持ってDTESのコミュニティに入り、さまざまな支援型住宅でサポートワーカーとして働きはじめました。しかし、そうして働く中で、うっかりすると居住者を取り締まる警察のような役割(policing)を担っていることに気づきました。定期的に部屋を調べたり、日常的にシェルターから個人を退去させたりといった役割を担うことの矛盾に悩むこともありました。RTAについて調べていくうちに、表向きは一時的な住宅(Transitional housing )であると主張している支援型住宅でも、特定の定義を遵守していないのであれば、勝手に決められた施設におけるルール(Building Regulations)は適用されるべきではないことがわかり、私の不満はさらに強まりました(Zarycha, 2021)。この記事に関する私の分析は、とても個人的なものです。というのも、私が心から支援したいと願っている人々の生活を、RTAの保護からの排除という植民地主義の支配的な枠組みを通し、さらに周縁化させていたという気づきがあったからです。
ナポレオンとフリードランド(2014)は法の本質についての考察で、法は人々の生が最も危ぶまれている瞬間に介入することを指摘し、植民地支配が歴史的に先住民コミュニティの安全を脅かすものであったことを振り返っています。私はこれまで、個人を強制退去させたり、彼女ら・彼らが自分たちの家に戻るのを妨げたり、RTAに基づく彼らの権利を放棄させるような契約書に署名させたりする際、法のそのような性質を目の当たりにし、またそれに加担してきました。先住民の人々を自分たちの住む場所から追い出すことは、DTESの現場で働く私の仕事の中で、最も苦痛を伴う植民地的な側面です。支援型住宅内に蔓延する考え方はときに害悪となりえます。私は過去に、同僚が居住者に「生え抜きの犯罪者(career criminals)」という汚名を着せているのを耳にし、そのようなスティグマ化・人種差別化の瞬間に介入しなくてはいけないことがありました。こうした私の立場(positionality)は、RTAによる保護を受けられない人々に少なからず影響を与えており、法律をより深く理解した今、私は連帯こそが問題解決のための重大な課題であると感じています。
おわりに
ホイット(2016)は、先住民の人々を支援する方法論としての癒しを中心とした修復的司法(restorative justice)の重要性について論じています。支援型住宅を提供するNPOは、この修復的司法の枠組みを取り入れ、居住者(不法に住居を奪われた人々)が日常的に直面している不当な制度を脱植民地化すべきです。本稿では、『借家人(renter)保護のために闘う公営住宅の居住者たち(The Social Housing Tenants Fighting for Renter Protections)』(デニス、2023)における居住用借家法(RTA)の描写を批判的に検証し、その偏見と欠落点を明らかにしました。そして疎外された個人の排除を明らかにすることで、住宅制度の欠陥是正の必要性に光を当てました。また、問題の交差性(intersectionality)にまで踏み込み、DTESに住む人種差別化された人々が、いかに周縁化された状況に直面しているかも論じました。さらに、植民地主義が住宅の権利に及ぼす影響に焦点を当て、先住民の認識論との乖離を浮き彫りにし、住宅制度の脱植民地化を提唱しました。この学びを踏まえて、私はDTESのサポートワーカーとして、先住民の認識論と社会正義への確固とした献身に根ざした、ホームレス問題と住宅危機に取り組むための包括的で脱植民地化的なアプローチを訴えていきたいと思います。
参考文献
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