ターマン博士の天才児研究が始まった頃
今回も昔の論文を見てみましょう。『ターマン教授の優秀兒研究計畫』という論文(記事?)です。1922年に発行された,心理研究第22巻に掲載されています。
この論文では,アメリカでスタンフォード・ビネー知能検査を開発したターマンによる,天才児を集めて追跡調査をした研究が紹介されています。
日本でもこのプロジェクトは教科書に書かれていたりして知られています。しかし,この論文ではちょうど研究が始まった当時(1921年開始)に,このプロジェクトの紹介をする記事となっていますので,この論文を読むことで当時の様子がよくわかるのではないでしょうか。
研究費
当時,ニューヨーク市の「コンモンエルス財団」(コモンウェルス財団のことでしょうか)が,2万ドルの研究費を出すということで,ターマンが研究委員の理事となって研究プロジェクトが開始されます。
The Inflation Calculatorというウェブサイトがありまして,何年のドルが何年のドルでいくらに相当するかを計算することができます。1921年当時の2万ドルを現在の価値に直すと33万ドルくらいだと出てきます。現在の日本円で4500万円くらいとなります。
優秀児
さて,この研究の目的は「精神的な優秀さを生み出す原因は何か」というところにありました。そこで,ターマンはカリフォルニア州の小学校の子どもたちの中から1000人の「優秀児」を選抜する計画を立てます。
ロサンゼルス,サンフランシスコ,オークランド,バークレー,アラメダの各都市に調査助手を派遣して,その他の都市や小さな村にも印刷物を送って回答を収集します。調査対象者は第1学年から第8学年までで,それより大きな子どもたちは後で別の計調査計画を立てるという考えだったそうです。
まず教師の評価と精神検査(知能検査)によって,各1000人の児童の中からもっとも知的に優秀だとされる子を2〜3名選出します。そしてその子どもたちを追跡調査していくというのが,このプロジェクトです。なお,「この子が優秀児だ」ということがわかってしまうと,その後の発達に影響してしまうので,このことは内密にして公表しない,と言う配慮もされていたことが論文の中に書かれています。
選抜方法
どうやって「優秀児」を選抜したのでしょうか。
◎各学級の教師は最も優秀だと認める1〜3名の氏名を記入して調査員に渡す。
◎学業成績だけでなく,「精神的は握力」や創造力,難しい問題を解く能力,知識の広さと正確さ,探究心など多面的に考える。
◎年齢を考慮に入れる。同じ程度の優秀さなら若い方を選抜する。
◎各専門科目の教師にも,生徒を選抜するように依頼する。
次に,選抜された子どもたちに「ナショナル知能検査B式」という検査を実施したそうです。B式と書かれているのはたぶん集団式の検査で,図形などの問題が中心になっているのではないかと予想します。
そしてこの検査で,同じ年齢において上から100分の1以内になった子どもに対して,スタンフォード・ビネー検査を実施したということです。スタンフォード・ビネー検査で知能指数(IQ)が「140以上」であった子どもを,追跡調査の対象としています。第1学年,第2学年だとナショナル知能検査が実施できないそうです(たぶん,もともと陸軍で使われた検査だからでしょうか)。その場合には,スタンフォード・ビネー検査で140というのが基準とされています。
教科書なんかに書かれている情報だと,単に「知能検査で高かった子どもたちを追跡調査した」というだけのことが多いので,あれこれと細かく考えて選抜した様子がわかって興味深いところです。
追跡調査の内容
追跡調査の内容も書かれています。
◎一般知識検査(開発中)
◎興味調査票(開発中)
◎学校通知表:教師が子どもを評定
◎家庭通知表:親が子どもを評定
なお,このほかにも様々な情報がターマンのもとに送られます。もしも望んだ場合には,その情報に基づいてターマンからその子どもに対する所見と教育意見が送られる,ということになっていたそうです。
ターマンの見解
この論文では,当時ターマンが優秀児たちに対してどのような見解をもっていたのかについても紹介されています。
1.特に社会的発達に注意
・同年配の子どもとできるだけ遊ばせることが必要
・社会的訓練に欠けていると,成功は難しい
・5,6歳以降は少なくとも週に12時間は他の子どもと自由に遊ばせること
2.虚栄と我意を防ぐ
・周囲の人が無闇に褒めたりするので,自己中心的になりやすい
・自信はよいが,自惚れはよくない
・新聞に出たり,本人の前で褒めたりするのはよくない
・常に本人よりも上の人を見せて引きあげるようにする
3.勤勉の習慣を養う
・優秀児はあまり勉強しなくてもできてしまうので,勉強しない傾向になりやすい
・常に最善を求めるようにする
・特別進級をさせてもよいが,同年齢の子どもたちと遊ぶ機会を奪ってはいけない
・その子にあった進度を考えることが重要
4.早期教育は望ましいか
・ターマンは早期教育に対して否定的だった
・その子の興味に応じて教育を施すのが一番なので,早く教育をしたからといってうまくいくとはかぎらない
5.子どもの質問の扱い
・子どもは多くの質問を出してくるので,適切に答えるべき
・特に優秀児は多くの質問を発する
・答えることができない時は,親は子どもと一緒に研究するべき
6.知的創造性を養成するべき
・天然物の収集,機械の組み立て,化学の実験,植物の栽培などは家庭のなかでは厄介なこともあるが,どんどんやらせる方がよい
7.よい本を与える
・子どもはどんどん本を読む場合がある
・何でも与えればよいのではなく,一流の本を読ませるべきである
・ただし本だけでは教育はできない。自然や人と親しむ機会をつくるべき
8.職業の選択
・優秀児の親は早くから子どもの職業について心配しがち
・絵を描くと芸術家にしようとしたり,昆虫採集をすれば学者にしようとするが,そんな馬鹿なことはない
・興味は移り変わっていくものであり,子どもの精神を豊富にして多面的な人物を作っていく
・職業について慌てる必要はない
どうでしょうか,意外と(?)まともなことを言っている,といいますか,100年後の今でも同じようなことを言う人はけっこういそうだな……と思いました。
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