見出し画像

あのころの午後8時

高校の頃。

部活が終わり、ぼくら下級生は後片付けして帰るから少し遅くなる。
疲れ果ててそれほど言葉も出ない。

「なぁ」
ん?
「腹減らん?」
減った
「ラーメン行こか」
おう

疲れてるんだから真っ直ぐ帰った方が良いに決まってるのに、何となく寄り道をしたくなるのは、もうこんな頃から始まっている習性なのか。

真冬の街にポイッと出ると、風の冷たさに景色がじんわり滲む。
いつもの中華料理屋まで、いつもの3人で歩く。
当時は、というかぼくの高校のあたりだけなのかも知れないけれど「ラーメン屋」というのはあまりなかった気がする。
ラーメンを食うのは「中華料理屋」であって、ラーメンだけが専業として成り立つようになったのは割合近年なのではないか。

悴んだ手で引き戸を開けるといつもの爺さんがカウンターの端に座ってテレビを見ている。
それでこちらをジロリと見ると「いらっしゃい」でもなんでもなく無言で立ち上がり

「ラーメンと餃子か?」
うん

ぼくらは小上がりにへたり込むように座る。
ここには1年生の秋頃に当時3年生だった先輩に連れてこられた。

春に10人余りが入部した1年生が夏休みの合宿が終わってから一気に5人も辞めてしまった。
まあそりゃあんな合宿やれば逃げるよな。
本当に地獄かと思った。
ぼくも辞める気満々でいたが、2年生のガラの悪さでは我が部随一の先輩に「オマエラ逃げんなよ?」と凄まれたので縮み上がって辞めるタイミングを逸していた。

3年生の先輩は秋季リーグ前に引退になって、そのリーグが始まる前に(お前らはよく頑張ってる)(これからウチを支えるのはお前らだから頼んだぞ)的な話をして5人にラーメンを奢ってくれた。
それから部活帰りに時々通うようになった。
脈々と受け継がれるウチの学校の運動部御用達中華料理屋だ。
行くと知り合いが必ずいた。

客は他にもいたような気がする。
カウンターにひとりかふたり。
ビールを飲みながら新聞を見ているか、テレビの歌番組でも見ているか。

5人いた新入部員のうち結局残ったのはぼくら3人だけだった。
要領の悪い3人。
根性とかの話ではない。
ぼくらは無語でラーメンと餃子を食った。

40年以上も昔の午後8時くらいの記憶。

(写真と本文は関係ありません)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?