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【前編】王九は何者か、彼の気功の由来:映画「トワイライト・ウォリアーズ」の考察

2025/01/21:記事を推敲しました。
2025/01/24:後編も推敲しました。


■まえがき


令和7年1月18日。

私は映画「トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦(原題:九龍城寨之圍城)」を見た。


この映画は日本公開前から、香港映画の中で際立って好評との噂を聞いていたのである。

今か、今かと。拝見するのを非常に楽しみにしていたのだ。

そして、実際に見れる日が来る。


期待以上の感動。

驚愕。喜び。

誠に素晴らしい満足感であった。


アクションやストーリー、何より息を呑む素晴らしいセット美術について、相次ぐ拍手喝采の評は、各所で語られているところであるし。


私は観客の誰もが思ったであろう「ある疑問」を晴らせないかと思い、拙い知識と手元の資料を総動員して、今この記事を書いている。


なにより私自身が、この疑問に一番もやもやしているのだろう……。


小生、ウジ虫程度の力も無いが。

この記事が、観客の方々にとって映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」の世界を楽しめる一助いちじょになり。

本作の日本市場における商業的成功に微力することを願う。




1.「王九の正体」と「彼の気功の正体」の結論


この映画を見ると、多くの人が疑問を感じることがあるだろう。

「なぜ王九ウォンガウの気功はこんなに強いんだ?」

と。


自分も「コイツすげー強いな…」と驚愕してから、王九ウォンガウの正体を知ろうと。糸口を掴む思いで映画の中からヒントを探しに探した。


その中から王九の正体を推察できた。

その結論は。

白蓮教びゃくれんきょうに見せかけて、実は王九は少林寺しょうりんじの出身で、気功もその修行の賜物たまものである。

武侠ぶきょうというジャンルに馴染みの無い方々にとって「少林寺」くらいは記憶の片隅にあるかもしれないが「白蓮教」にいたっては意味不明だとお察しする。


実は映画「トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦(原題:九龍城寨之圍城)」は香港のアクション映画というだけでなく、「武侠」というジャンルに属している。

「武侠の世界」江湖こうこともいうが。

この世界には独特の概念ルールが、実際の歴史と絡み合い、フィクション化・誇張化されて存在している。


だから「武侠ファン」が映画中からヒントを探せば。

王九アホほど最強でも「なんだそういう事か」と納得可能なのだ。


武侠のルールについてあまりに複雑なので、今回は必要な箇所だけ説明するに留める。

以降は実際の歴史文化武術中心に解説・考察していくので、心配なさらず、順を追って少しずつでもお読みいただきたい。


私が未熟なために未解説に難解な語句を使用してしまったり、詳しくない方には分かりづらいこともあるかもしれないので、質問もお気軽にどうぞ。

今だけXもやっています。↓↓↓

>>古莽の阿TのX(旧ツイッター)アカウント

人によっては偉そうな文調に感じるだろうが「です・ます調」書きにくいためで、コミュニケーションの際は敬語なので安心されたし。


そもそも原作小説があるので。

原作と乖離した恥知らずな無知を晒すという心配は消えない。


パンフレット谷垣健治氏のインタビューを読むと。

「王九は(中略)あえて気功術の使い手で大力金剛指を強調した」

とあるので『王九の武術は映画の独自設定だったらいいなぁ』という希望的観測を行ったうえで、映画から読み取れる情報だけで勝手に解釈している。

もし今後原作小説を読むなり、続編映画を観るなりして。

王九の過去が判明した際に「アイツ、丸っきり違うじゃないか……」という悲劇が起きた際は、優しく忘れてください。




2.香港黒社会の源流「白蓮教」


まず白蓮教びゃくれんきょうである。


「白蓮教がどういう組織か」というのは大筋と関係ないので、白蓮教と香港黒社会ほんこんくろしゃかいとの関係を踏まえて一緒に解説する。


本作において黒社会の存在がひとつの軸であるワケだが、パンフレットではあまり触れられていない。

やはりアンタッチャブルな領域なのだろう。


私の手元に|石田 収《いしだ おさむ》氏著「香港黒社会 日本人が知らない秘密結社」という、本当にちょうどいい書籍があるので随時引用する。

まず黒社会について。

現在中国本土でつかわれている黒社会という言葉の意味は、あまり厳密に定義されてはいない。

秘密結社と同義に考えるものもあれば、黒社会を大規模な犯罪組織とみなし、伝統的な秘密結社とは分けて考えるべきだとする説もある。

「中国大陸黒社会」(何類ほか著)では、中国本土の黒社会を、政治理念をもった秘密結社区別するために、黒社会を「凝集性があり、職業的で、隠蔽性などの特徴をもつ集団的な刑事犯罪組織である」としている。

ちなみに、黒社会という言葉が中国で公式に用いられるようになったのは、九二年ころからである。

この五〇年間で、中国の秘密結社はすっかり様相をかえて、犯罪集団としての性格だけが突出してしまった。

しかし、秘密結社の伝統的宗教的な儀礼などは、中国本土の政治的な動きに巻きこまれることなく、本来の相互扶助的団体としての性格をもちつづけている海外の華僑社会に残されていることが多い。

【香港黒社会 日本人が知らない秘密結社 P221 著:石田収】

この中で頻発する「伝統的な秘密結社」の最もたるものの一つが白蓮教びゃくれんきょうなのであり、黒社会の源流の一つとなっている。


白蓮教を一面だけカンタンに紹介すれば、打倒異邦人王朝を掲げ、歴史上なんども反乱起こしてきた集団なのである。

中国民主化革命のリーダー・孫文そんぶんに対しても、白蓮教はある時は名前変え、そして分裂しながらも協力していた。

この騒乱における最も有名な|辛亥革命《しんがいかくめい》1911年

映画の舞台が1980年代であり、そう昔の話ではないのとお分かり頂けるだろう。


そして香港黒社会のルーツとして、以下のような認識があったようだ。

現在の香港黒社会を支配するリーダーの多くは、みずからを洪門こうもんという秘密結社の流れをくむ者であるという意識をもっている。

「洪門」について、ひとことでいうと満州人まんしゅうじんによってたてられた|清王朝《しんおうちょう》にたいする漢人による反抗組織である。

清王朝の弾圧をかいくぐりながら秘密結社として活動をつづけてきたが、香港黒社会のリーダーたちはみずからの正統性を「洪門」にもとめる傾向が強い。

その顕著な例を、黒社会のメンバーになるための入会儀式にみることができる。

入会にあたって、さまざまな儀式や複雑な手順を経るが、なかでも重視されているのが「洪門三十六の誓い」である。

この誓約文は秘密結社を維持するためのものだが、「洪門」が清王朝への犯行運動をくりひろげていたころの遺風をつたえるものである。

【香港黒社会 日本人が知らない秘密結社 P221 著:石田収】※一部省略

Wikipediaでは「洪門」とは「全ての山堂さんどうおよび反清はんしん組織をまとめた総称」とあり、この中には白蓮教も含まれている。


しかし、左久梓さきゅうし氏著「中国の秘密宗教と秘密結社」によれば。

反清組織として北方で隆盛したのが白蓮教系統で、南方で隆盛したのが洪門だったようだ。


本書にも後年相互に交流と影響があったとあるし。

秘密結社は秘密であるが故に情報が錯綜していることもあり。

一般的な認識ではその境界は曖昧であり、ひとくくりになっているのだろう。


映画「トワイライトウォリアーズ」一般的な認識にのっとり、ある程度混合が認められる。

娯楽作品にそこまで厳密に考えなくてよいというのが、私の考えだ。




3.王九ウォンガウ白蓮教びゃくれんきょうの関係を示す場面


「王九は白蓮教系組織と関係あるかもしれない……」

そう私が感じたのは、あのインパクトある盂蘭勝會うらんしょうえのシーンだ。

日本でも「お盆」の原型として盂蘭盆会うらぼんえが認識されているが、香港では盂蘭勝會うらんしょうえという名称でお祭りが開かれいてる。

詳しくは下記サイト様を参照されたし。
神鬼と共に楽しむ祭り ー 盂蘭勝會 – 一般社団法人日本香港人協会 https://jphker.org/ja/2023/09/ghost-month-2/


王九の一味が「道士、道士」言いながら、身体に刃物を当てたり。

でらちんちんの炭を喰らう王九

王九自身熱した炭を食べたりする、このシーン。

あの時に巻いていた赤いハチマキこそ、白蓮教の証なのだ。

この赤いハチマキ


西暦1260年。

それまで高度な文化を誇った|宋《そう》王朝が、モンゴル帝国に滅ぼされる。

以降モンゴル人により、中華を支配する王朝としてげんが建てられた。

日本でも鎌倉時代の対外戦争「元寇げんこうでよく知られたである。


この元の末期

中土ちゅうどを漢人の手に取り戻すべく白蓮教による民衆反乱が起きた。

これを紅巾こうきんの乱」という。

三国志をご存知の方には想像のつく通り、あかいい布仲間の印として身に着けていたのである。


この「紅巾の乱」の中で漢人によるみん王朝を建国した洪武帝こうぶてい朱元璋しゅげんしょうが台頭した。

洪武帝・朱元璋の数多きイメージ図のひとつ

後世になり白蓮教を含めた前述の洪門こうもんの面々は反清復明はんしんふくみんの旗印の元、反乱活動を続けていた。

とは明を滅ぼした満州まんしゅう人による|清《しん》王朝であり。

こそ洪武帝・朱元璋がおこした明王朝のことである。


ちなみに刃物を身体に当てたり、王九灼熱の炭モグモグするのは。

白蓮教がかつて、上記のような奇術を披露し、信者を増やす布教活動をしていたことと関係がある。


香港を含めた中国における白蓮教に対する一般的なイメージ

それは同じ香港映画の名作である「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ 天地大乱」の中でも知ることができる。

この作中で白蓮教系一派教主・九宮真人きゅうぐうしんじんも、刃物どころか銃の弾丸さえ通さない鉄の身体を披露しているのである。

なので。

私自身は「王九は少林寺しょうりんじ出身で、硬気功も少林寺のものだ」という説を推したいのだが、彼が白蓮教の硬気功を習得している可能性も完全には否定できないことはご考慮いただきたい。


白蓮教奇術やその実態について。

カンタン詳しく知りたい場合は、伝統的中国歴史文化の普及に大変貢献されている鳥人間氏のYoutubeが最適なので参考されたし。




4.王九ウォンガウ白蓮教びゃくれんきょうではない論拠


王九気功行いが、白蓮教系奇術及び武功ぶこう(武術的修練によって獲得した技術)に似ている以上、下記の推察が考えられる。


  1. 王九は白蓮教系黒社会組織に属しており、硬気功こうきこう(硬功夫いんごんふう)も始めとする武功もそこで学んだ

  2. 王九の元々学んでいた武術別モノだが、のちに白蓮教系組織に所属してその武功も学び、白蓮教の教えにも入信した

  3. 王九の元々学んでいた武術は白蓮教と無関係だし、所属している黒社会組織非白蓮教系だが、風聞で聞いた白蓮教の噂をもとにごっこ游びしてふざけてるだけ


前述のとおり、どの説もその可能性を完全に否定できるものではない。

しかし、私は作中で「3」の説こそ可能性が高いというヒントを見つけた。


まず先ほどの盂蘭勝會うらんしょうえのシーンである。

この祭壇中央に祭られて、みんなが拝んでいるのは上清天尊じょうせいてんそん(霊宝天尊れいほうてんそん太上道君たいじょうどうくん)といって、|道教《どうきょう》の至高神である三清の一柱だ。

たまたま見つけられた同じ画像の上清天尊

再度、左久梓さきゅうし氏著「中国の秘密宗教と秘密結社」を頼りに白蓮教の崇拝対象について述べる。


白蓮教では儒教・仏教・道教・その他民間信仰における聖人神仙を礼拝対象に出来るものの。

最高崇拝対象となるのは無生老母むしょうろうぼであり、白蓮教内では上清天尊はその下の下なのだ。


崇拝される序列でいうと。

  1. 無生老母

  2. 燃燈仏ねんとうぶつ

  3. 釈迦しゃか

  4. 弥勒仏みろくぶつ

  5. その他

の順である。


その他で崇拝される神仙や仏が白蓮教に取り込まれたのは。

布教の際、地域の信仰に合わせて、信者獲得率を向上させる為ものだ。

だから無生老母から弥勒仏地位絶対的なものであり、その他の神仏が逆転することはない


とくに無生老母弥勒仏特別な信仰対象であるから。

もし本当に白蓮教徒であれば、必ずこのどちらかを拝んでいるはずである。


盂蘭勝會うらんしょうえだから、その祭神ではないかと思われるかもしれないが。

盂蘭勝會で礼拝対象上清天尊が選ばれるのは一般的ではなく、基本的には大士爺だいしや(面燃大士めんねんたいし)を拝む。

大士爺盂蘭勝會(中元節)の間、(霊魂)が暴れたりしないように、彼らの秩序を維持する管理人だと考えられている。

このすみっこに追いやられているのが大士爺

信仰としての盂蘭勝會優先するなら大士爺を拝むはずで、上清天尊を拝むのは白蓮教としても盂蘭勝會としても、全く不可解というほかない。

つまり。

「王九は白蓮教について全く知らない=非教徒」であり。

もしくは。

「知ってるがふざけている=教徒とは言えない」のである。


あと映画を楽しむ上でこれは考えたくないのだが。

「実際の白蓮教徒=秘密結社=黒社会に配慮して、無生老母は使えない」という可能性肯定したくないが、否定もできない


前述したとおり、白蓮系黒社会組織および伝統的秘密結社は現存しており、揶揄やゆすれば殺さねかねないのだ。

とくに無生老母弥勒菩薩は最も神聖な存在であり「わざわざ娯楽映画の些細なリアリティの為に殺されてたまるか」という理由で拒まれるのも理解できる話である。

その代替としてタオ神格化した上清天尊を使うのは、よくよく考えれば順当かもしれない。


そうなれば「王九は白蓮教だ」という可能性がとても高くなる。

しかし、なるべくこういった娯楽ビジネスの暗部は無視したいので、に見つけたヒントに私は賭けることにしたい。


それが王九の使う金剛指こんごうしという技である。

また別の大力金刚指

実はこの技こそ「王九が少林拳しょうりんけんの使い手だ」という最も強い証拠になるのだが、その話は後編をご覧ください。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

この記事により映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」が、あなたにとって、さらに楽しめるものになれば幸いです。


【後編】


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