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一家無理心中を母親に考えさせた私の中学生時代〜強迫性障害〜


14歳の頃、私は母に一家無理心中を考えさせた。

自己紹介の方で軽く書いたが、不登校やら暴れ狂うやらなんやら色々あったが、母にここまでのことを考えさせた一番の原因は、私が強迫性障害になったことである。
今回のnoteでは、強迫性障害の代表的な症状を軽く説明しながら、"自分自身"  が  "家族" が苦しんだ私の強迫観念と、その強迫観念に集中していた時の状況を書いていこうと思う。


災難の結末


上記で書いたように、今回のnoteでは「"自分自身"  が  "家族" が苦しんだ私の強迫観念と、その強迫観念に集中していた時の状況」を振り返る。
したがって、症状がなくなっていく過程は書かない。

という訳で、まず初めにこの災難の結末だけを伝えようと思う。

現在、強迫性障害の症状は一切ない。

家族仲良く、全員生きている。
私は大学に通い、アルバイトをし、友達と遊び、あの頃からは到底想像できない普通の生活ができている。

それでは当時を振り返っていこう。

はじめの症状

異常な程に賞味期限やお肉の焼き加減を気にし始めたことが、強迫観念の始まりだったと思う。元々、こだわりの強い性格であったため、自分自身も、恐らく周りも、初めは大して気に留めていなかったと記憶している。
やがて、賞味期限や肉の焼き加減だけではなく、スマホがウイルスに感染していないか、などといった確認作業が酷くなり、賞味期限前のものでも菌が付着しているのではないか、腐っているのではないか、といった恐怖で食べれなくなった。そして焼肉屋には入れなくなった。

代表的な症状が出始める

強迫性障害の代表的な症状といえば、汚れや細菌を恐れ、必要以上に手を洗ったり、お風呂に入ったり、または、汚いと思い込んだものには触れることができない、などが挙げられる。
簡単に箇条書きにしたものを下記に記載しておく。

強迫性障害の症状

代表的な強迫観念と強迫行為の内容として、次のようなものがあります。


(1) 不潔恐怖と洗浄
汚れや細菌汚染の恐怖から過剰な手洗い、入浴、洗濯を繰り返す、ドアノブや手すりなどが不潔だと感じて触れないなど

(2) 加害恐怖
実際にそうではないと分かっているのに誰かに危害を加えたかもしれないという考えにとらわれて、新聞やテレビに事件・事故(ひき逃げなど)として出ていないか確認したり、警察や周囲の人に直接確認したりするなど

(3) 確認行為
戸締まり、ガス栓、電気器具のスイッチを過剰に確認する(何度も確認する、じっと見張る、指差し確認する、手で触って確認するなど)

(4) 儀式行為
自分の決めた手順で物事を行なわないと恐ろしいことが起きるという不安から、どんなときも同じ方法で仕事や家事をする

(5) 数字へのこだわり
不吉な数字・幸運な数字に縁起を担ぐというレベルを超えてこだわる

(6) 物の配置、対称性などへのこだわり
物の配置に一定のこだわりがあり、必ずそうなっていないと不安になる
社会福祉法人 恩賜財団 済生会ホームページより引用


初めの頃は自分の中で決めたルール(こだわり)、手を2回洗う、童謡「ぞうさん」を歌い終わるまで手を洗う、といった手洗いは終わりがある作業で済んでいた。
(※童謡「ぞうさん」の歌の長さは約2分であり、2分間手洗いをすれば細菌は無くなるらしい。)
だが次第に「自分の手には細菌が付いている!私の手は汚い!」という強迫観念が日に日に強くなっていった。どこかに触れるたびに洗面所に向かい、何度も何度も手洗いを繰り返し、一度お風呂に入るとなかなか出てこれなくなっていった。

手洗い地獄

そして、私は毎日ハンドソープが無くなるまで手を洗い続けた。わんわん泣きながら、自分の手が汚いと、汚れが取れないと、見えやしない汚れと毎日格闘した。
時に私は「自分には見える!菌があるのが見える!」と、とんでもないことを言いながら手洗いを続けた。
自分でも馬鹿げていることは理解していたが、どうしても手洗いが辞められなかった。
自分自身で分かっていたからこそ辛かった。手洗いが辞められず、癇癪を起こし、パニックになり暴れ、汚いと思っているものにわざと触れ、またパニックになり暴れ、泣き疲れ…洗面所に向かい…といった毎日だった。
ちなみに、飼い犬のトイレに頭を突っ込み、トイレシートに頭を擦り付けたこともあった。笑
(これは外出した帰りに、強迫観念に囚われてパニックになった日の話。またいつか。)

「私が世の中で1番汚い」

以前テレビで強迫性障害の特集を見た事がある。
主な内容は強迫性障害に苦しんでいる方への密着取材と、暴露治療についてであった。
特に記憶に残っているのは、帰宅後にお金を洗っている場面やトイレのドアノブを肘で開ける場面、自分の親を汚いもの扱いし、親に手洗いを強要するといった場面である。
一緒にテレビを観ていた母は「他人が汚いとかやったらまだいいわ(笑)」と言った。
そう、私は、自分の身体が汚くて汚くて仕方がなかったのである。手のひらは、手洗い地獄により清潔に保たれているが、手のひら以外の

自分自身の身体の皮膚全てが、細菌にまみれている

と思い込んでいたのだ。
もちろん自分自身だけで収まる話ではなく、母、父、弟、愛犬、どこかに触れたかもしれない服、壁に一瞬当たった携帯、この世の中に存在するもの全てが私にとっては汚かった。
と、なると、到底普通の日常生活なんてできない。

介護生活

私は、自分の身体も髪も触れない状態にまでなっていたので、お風呂には母と一緒に入った。
いや、「一緒に入った」ではなく、「入浴介助」という言い方が正しいのかもしれない。
介護用のシャワーチェアに私は座り、服を着たままの母が、まずは私の頭から洗っていく。もちろん一度では済まない。何度も何度も、私が汚れが落ちたと納得できるまで洗い続ける。
そして、"細菌まみれの"シャンプーの泡が私の身体の皮膚に触れながら下へと流れていく。
私はその自分の髪から流れるシャンプーの泡に、本気で怯えながら、時には泣き喚きパニックになりながら洗い終わるまで身体を動かさずに待っていた。
次はシャンプーの泡で細菌まみれになった身体を洗う。汚れがマシだと思い込んでいるところから順番に洗ってもらう。もちろん納得いくまで洗い続ける。この順番を間違えてしまうと、新しいボディタオルでまた最初の部分から洗い始める。
泡が髪に飛んだりなんてしたら、綺麗に洗った髪はまた細菌まみれになり、母の努力が水の泡となる。お風呂だけに。笑。
ボディソープを一本丸々使い切ることなんてザラにあった。
そして、この頃の私は、トイレにすらひとりで行けなくなっていた。床に着く足の裏の面積を減らすため、つま先で母とトイレまで移動し、トイレで行う作業を母が代行した。

といった感じです。今回はここまでにします。

次回は、精神科で貰った薬の話や家族の話をしようと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
興味のある方はよろしくお願いいたします。

以上。˓˓ก₍⸍⸌̣ʷ̣̫⸍̣⸌₎ค˒˒

noteを公開する直前の写真。
このお店でお友達に最終確認してもらった。

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