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初めての #シロクマ文芸部

初めてのカクテルに選んだのはギムレットだった。

働き始めてすぐに一人旅で岐阜へ訪れ、宿泊した旅館にあるショットバーでのことだ。

いかにもベテランな男性のバーテンダーがいて、薄暗い照明、横並びに座れるバーカウンター。
客は私ひとりしかいなかった。

メニューを見るとすぐにギムレットが目に入り、何にされますか、と聞かれてすぐにそれを頼んだ。

石田衣良さんの小説、「娼年」で出てくるギムレットを1度飲んでみたかったから。


この作品に登場する御堂静香みどうしずかが頼んだギムレットを主人公のリョウと、リョウの中学時代の同級生のシンヤが作り、カクテルで勝負するシーンがある。

そこで2つ並べられたカクテルグラスの描写が美しく、とても興味があったのだ。


22時。
流れるジャズの合間にシェイカーを振る音が妙に心地よく、しばらくしてコースターが置かれた。

そして目の前に出てきたギムレットはとても澄んでいて、カクテルグラスの中で細かな氷が星のように輝きながらサラサラと舞っている。


こんなキレイな飲み物がこの世にあったなんて…。
お酒を覚えたての当時の私にはどんな高級なジュエリーよりもときめいた。


慣れないカクテルグラスの足を持ち上げる。

そしてゆっくり飲むと舌の奥がジュワリと痺れ(あれから約10年も経つがあの感覚は一生忘れないと思う)、あとからふわっとライムの香りが来る…。


初めてのバーで素敵なカクテルを手にする自分が夢のようで、いつも以上に早くお酒が進んだ。

頭の奥がグッと熱くなり、自身の体の重みを思い知らされる。
頭の中の自分と、器でしかないこの体が上手く噛み合わなくなったような、でもこの不安定なバランスに心地良さを感じていた。



この日、2人きりだった私たちは軽く話しをした。

この時既に酔っていたのであやふやなところはあるが、背筋が良いその男性が微笑みながら
「一人旅?良いねぇ…」
と一言、敬語ではない話し方をしてくれたのは覚えている。


この旅で人とは敬語でしか話していなかったからか、砕けた口調が温かかった。


その後もう一度最後に露天風呂へ行くと、誰もいない貸切状態。
時刻は23時まわった頃だ。

下呂の夜景を見ながら重い体を湯に預け
「一人旅、良いねぇ…」
と、バーテンダーと同じ言葉を噛み締めるように口にしたのだった。


記事を寝かせ過ぎて〆切が過ぎてしまいました…。
どうしても載せたかったので、日にちは過ぎてしまいましたが投稿することをお許しください。

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