02.12 飛べない虫
*『少女邂逅』のネタバレを含みます。
校庭の隅にあるジャングルジムを抜けて、体育館の裏側へと歩いていきました。
しばらくいくと、大きなギザギザの葉が僕の脚に触れます。
僕はジメジメとした空気の中の独特な匂いのするそれを幾つかちぎって、教室に戻りました。
本棚の上に置かれた小さな箱にそれを落とすと、彼らはゆっくり近寄ってきました。
狭い箱の中で、いつも形もない人工的なエサばかり食べている彼らがつまらなそうだったから、僕は本物を食べさせたいと思ったのです。
何日か経つと、彼らはいつのまにか白い糸で覆われて全く動かなくなりました。
小さな箱は理科室に運ばれて、
白くて丸くなった彼らは、ビーカーの中の沸騰した水の中に投げ込まれました。
あんなに熱そうな水に入れたのに、
ビーカーから取り出した彼らは、さっきと何も変わらず白くて丸いままでした。
先生は少し誇らしげにそれを引っ張って糸を作りました。僕はその糸なんかよりも、中身がどうなっているのか気になって仕方がありませんでした。
結局先生は途中で解くのをやめたから、僕は中身を見ることができませんでした。
最後まで解かれなかった彼らは、多分、理科室のゴミ箱にいます。
僕は先生に、「中身はどうなっているんですか。」と聞くきにはなれませんでした。
昨日の夜中、映画の中で同じような情景を観て、僕はその時のことを思い出したのです。
画面の中の先生は、準備室で狭い箱にいれられた彼らを眺めながら言ったのです。
「こいつらは痛みを知らない生き物って言われてるんだよ。だから、人間みたいに今が辛いとか怖いとかそういうのわからないんだよ。」
虫には痛覚がないのです。
寿命が短くて痛みを覚えても無駄だから。
いじめられっ子のあの子は呟きました。
「羨ましいです。だって辛いとか怖いとか必要ないじゃないですか。痛いのも嫌だし。」
「本当にそう思う?」
数日後、映画の中でも白くて丸くなった彼らはやっぱり熱いビーカーの中に投げ込まれようとされていました。
けれども、転校生のあの子がビーカーを投げつけたのです。
僕はそんなことできなかった。
火傷したあの子は保健室のベッドで、糸の中がどうなっているのか、いえ、もし彼らが糸の中から出てこられたらどうなるのかを教えてくれました。
「蛾になるんだよ。飛べない蛾っていわれてるの。」
彼らは、腕の筋肉が弱まって自分の体を支えることすらできないし、口も無くなって食べることもできません。
ビーカーの熱湯に入れられようが入れられまいが、糸を吐いた後の彼らはどうせすぐに死ぬのです。
「腕がちぎれても、首がなくなっても、いつも通りの生活を送るんだ。あいつら皆自分が不自由なことに気づいてない。痛みがわからない奴が長生きしても無駄なんだよ。」
転校生はそう言って、ビーカーに入れなかった白くて丸いそれを握り潰しました。
数日後、
転校生は自室の片隅で餓死し、いじめられっ子は電車に揺られながらカッターで手首を切って痛みを確かめました。
最近、僕は思うのです。
死にたいのは、逃げたいからだと。
逃げられないと死ぬのだと。
そして、
自殺なんてあるのだろうか、
誰も悪くないなんて本当だろうか、
優しさか自己肯定の産物じゃないのだろうかと。
踏み込んではいけない地かもしれません。
あの映画は、
長く生きるのには、痛みがいるといいます。
痛みを知らないと、自滅するか他人を殺すか、つまり結局死ぬか死んだように生きることになるからでしょう。
「それじゃあ、痛みから逃げてはいけないの?」
と僕はずっと考えていました。
痛みを知っていれば、自分も他人も逃すことができるような気がするのです。
今はこうとしか僕には答えられないのです。
P.S.
初めて愛着を感じた虫。
初めて食べた虫。
白くて柔らかくてすべすべして、いつまでも触っていたいと思っていたあの時、僕はまだ何も知りませんでした。
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僕の1番衝撃を受けた映画は『少女邂逅』の枝優花監督も同じく影響を受けた映画でした。なんと後に知りました。是非この作品も観て欲しいです。つたらないですが、僕の感想です。
初めて食べた時の話もよかったら。
「恋しい東南アジア ベトナム⑤」
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