シロクマ逃亡記 その2
神様がくれた休み。
そう思って疲れた心と体を癒やして
自分をコントロール練習中の
シロクマ逃亡記。
今までの私のことを知ってくれている人に
状況や気持ちを分かって欲しくて
何人かに話をしにいった。
皆さんよく話を聞いてくださった。
ありがたかった。
最後の心理士さんに
「仕事は休んでるけど、本当に頭休めてます?」
と聞かれて、ドキッとする。
これからの算段したり、
病院に行ったり、
人に今の状況を説明したり、
家事をしたり、
自分の心をのぞき込んだり。
「いやあ。休めてないんですよね。」
仕事をしばらく休むための段取りをするのは
かなりパワーが必要だった。
病院に行くのも、その説明をするのも、
これからどうしたいか聞かれるのも。
そのことすべてを職場に報告することも。
誰も代わってくれない。
そして心理士さんはこう言ってくれた。
「適応障害(特に初期は)って言うのは
物事を決めちゃダメなの。
分かりません。分かりません。
って言っとく時なのよ。』
確かに、4月に入ってからの決断は
とってもしんどかった。
休みに入る前は
「すべてのことを決めろ。そして責任をとれ。」
と言われ続け、よく分からないことを決断し続けて
本当にくたびれた。
実際に誰も
「もうやめて仕事を休みなさい」
とは言ってくれなかった。
「病まないで」と言われても、
どうすればいいか分からなかった。
自分のピンチを自分で察知した。
自分で休むと決めた。
その決断はもちろん、しんどかった。
人生は決断の連続だし、
人は日々小さな決断をしながら生きている。
何にも決めない。
そんな日はない。
起きようかなー
もう少し寝ようかなあ-
晩ご飯何にしよう。
買い物に行った方がいいかな。
明日でいいかな。
元気なときは気づかなかった
決断にかかるパワーを実感している。
決断疲れが出ないように、
何にも考えなくても日々が回せるような
仕組みを作っている最中だった。
(生活改善運動ね)
よし、一人でいるときは
できるだけぼんやりしてみよう。
仕事を休んだ初めの頃は
いくらでも寝られたし、
1時間でも2時間でもぼんやりしていた。
しばらく経った今
少し日常が回せるようになってきた。
が、少し頑張ると手足が痺れて
体の方から「そろそろ横になりなさい。」
と教えてくれる。
そうやって心と体に相談しながら
何とか生活していたら、
ある時、透明な膜が薄くなって
膜の外に出た感覚があった。
「あ、出た。」
しばらくして疲れると、
知らないうちにまた膜の中に入っている。
だんだん膜の外に出る時間が
多くなってきた気がする。
あくまで自分の感覚だが、
ちょっと充電機能が戻ってきた感じがする。
初めは充電してもしても2%くらい。
そこから20%くらいは
貯められるようになってきた。
まだまだとても仕事はできない。
まずはお昼寝を一日2回から1回になるように。
なんだか赤ちゃんの成長記録のようだ。
赤ちゃんが幼児になるのを見つめるような
そんな自分の毎日を見つめて
記録する日々です。